「ポグの森」
                 奏 杏


―――きて、こっち――― 

森の声に呼ばれて、ベッドを抜け出した。
窓を開けると、冷たい風が凛々と、森から声を運んで私を誘う。
予め用意してあった上着と、履き古したスニーカー。
しっかりと靴紐を結ぶと、私は窓から飛び出した。

―――こっちだよ―――  

森が呼んでいる。

―――はやく、ここだよ―――  

森は私の親友だった。



   






「お姉ちゃん、待ってよー!」

弟の和人の声を背中に受けながら、木の間をすり抜けて走る。
学校が終わると、いつも私たちは鞄を裏の玄関に放り投げ、
そのままこの森にやって来た。

私たちは、いつからかここを“ポグの森”と呼んでいた。
生まれた時からすぐ側にあって、嬉しい時も悲しい時も、
いつだって私を包んでくれたポグの森。
私たちは、ポグの森が大好きだった。

他の森なんて知らないけれど、
世界中でここの木や花たちが一番優しいんだと、自慢に思っていた。
いつもただ思うだけで、私たち二人の秘密だったけれど。
学校のみんなにも、おばあちゃんにも秘密。
だっておばあちゃんったら、ちょっと友達の家に遊びに行って帰りが遅くなっただけなのに、
町中の人に聞こえるんじゃないかってくらいの大声で私のことを探し回ったの。
二人だけで森の奥に行ったなんて、口が裂けても言えなかった。


ポグの森には、私たちにとって宝石よりも素敵なものがたくさんあった。
何百年も生きている木からはドクンドクンと暖かい鼓動が聞こえてくるし、
小さな湖には魚はもちろん、森中の動物たちが集まった。

今思えば不思議だけど、ウサギもキツネもクマもリスも、
ここでは喧嘩をしないの。
みんな私たちと一緒に、小鳥や木の葉たちの囁きを聞きながら、
水を飲んだり寝転がったりしていた。

私たちは、ポケットからクシャクシャになってしまったハンカチを出して
湿った草の上に敷き、お尻をストンと降ろして水の中に足を入れる。
始めは冷たくて、二人で目を瞑ってキャッキャと笑い合う。
だけどすぐに落ち着いた気持ちになって、
辺りはサワサワとした森の声だけしか聞こえなくなる。






私たちがポグを見つけたのは、私が小学校3年生で、弟が5歳の時だった。
ポグは人間みたいに服を着ているけれど、よく見ると薄汚れていてボロボロ。
そして、葉っぱや木の皮でできた帽子や靴を身に着けている。

私たちが話しかけても何も答えてくれない。
ただ一つ分かったのは、ポグが他のどんな動物よりも速く走るということ。
いつも私たちはポグを追いかけるけど、すぐに見失ってしまう。
でも諦めようした頃、ひょいと木の陰から顔を出す。

からかわれてるようだったけど、私たちはもうポグと友達になった気でいた。
ポグと会える日は、日が完全に落ちて真っ暗になるまで遊んで、
おばあちゃんに気付かれないようにこっそりと裏口から家に入った。



私たちは大きな二段ベッドで寝ていた。
和人が上で、私が下。
ポグと出逢うことが出来た日の夜はいつも、
上から興奮気味の和人の声がひっきりなしに降ってくる。


「ねえ、お姉ちゃん。今日もポグ、速かったね」

「うん、そうだね」

「お姉ちゃん、ポグは動物と話せるのかな?」

「分かんないよ。だって私たち、ポグが何なのかも分からないんだもの」


そう、私たちにはポグが何者なのか分からなかった。
どうにかして正体を知ろうと、毎日図書室に通った。
コロポックル、ドワーフ、エルフ・・・・。
でもどの妖精も調べれば調べるほど、ポグとはほど遠いものだと分かった。
ポグは耳なんて尖ってないし、綺麗な緑の服も羽も持っていない。

“ポグ”という名前も、私たちが勝手につけたの。
そう呼べばポグはどこか嬉しそうで、いつもより素敵に走ってくれるから。
そのおかげで私たちは余計に追いつけなくて、ポグには触れたことすらなかったんだけれど。





ある晩、私と和人はいつものように、森のことについて語っていた。
私の今日一番の収穫は、生まれたばかりの子鹿を見たこと。
和人はそれよりも、クマゲラがどの木を突ついているのかを探すのに必死だったようだ。

そして最後にポグのこと。
でもその時、私たちはあるとんでもないことに気がついてしまった。


ポグの顔が、ちっとも思い出せない。


木の陰から急に現れて、私たちを驚かせようとした時の楽しそうな表情。
「ポグ!」と呼んだ時の嬉しそうな表情。
動物たちと語り合うかのように、真剣に見つめ合っている時の表情。

ポグがその時どんな表情をしていたのかは、はっきりと覚えている。
だって私たちはポグに興味津々だったから。
でも、ポグが“どんな顔”なのか、全然思い出すことができなかったの。


「僕、ポグに会いに行くよ。そうしたら思い出せるさ」

「待って!」


私はベッドから飛び降りて窓に向かった和人の腕を、しっかりと掴んだ。
和人は痛そうに身をよじって私の腕を振り払ったけど、私はもう一度叫んだ。


「駄目よ!もうこんな時間だもの。ポグにはまた会えるでしょ?」

「だって、気にならないの?僕たちはポグの友達なのに。友達の顔が思い出せないなんて」

「おばあちゃんに気がつかれたら大変だわ。町中どころか、国中に捜索願を出しちゃうかも」

「ソウサクネガイってなに?お姉ちゃん」

「もう、いいからっ・・・・」


私がいい加減怒ろうとしたその時だった。
窓がガタッと開いて、風が部屋を通り抜けた。

風は、歌を運んできた。

 
  ボクの なまえは ポグ

  ボクらは すてきな おともだち

  ボクらは こども

  ずうっと こども

  おとなに なんか ならなくたって

  ずうっと ずうっと おともだち


「ポグだ!僕たちを呼んでるよ、さあ行こう!」


和人はもう私の声なんか耳に入らない。
一目散に窓まで走って、裸足のまま外に飛び出してしまった。
私も慌ててスニーカーを履いて、懐中電灯を片手に和人の後を追った。

踵を踏んだままだったからかな。
いつもは私の方がずっと速く走れるのに、
この時はいつまでたっても和人に追いつくことができなかった。





「はあっ…… はあっ……」


私が息を切らして湖の畔にたどり着いた時にはもう、
和人は膝の少し下まで水の中に入っていた。


「何してるの?風邪ひくわ、早く帰ろう」


私がいくら言っても、和人は振り向きもせずにずんずん足を進めていった。
私はなんだか怖くなって、自分も湖に入ろうなんて思えなかった。
その時、またあの歌が聞こえてきた。



  ボクらは すてきな おともだち

  ボクらは こども

  ずうっと こども

  おとなに なんか ならなくたって

  ずうっと ずうっと おともだち



そして、湖の向こう側から、鹿の背に乗ったポグが現れた。
ポグは水面にピョンと降りると、沈むことなくそのままこちらへ走ってきた。
私がギョッとしていると、ポグはとうとう和人のところまで来てしまった。


「オトモダチ!」


高くて幼い、少ししゃがれた声。
紛れもなく、ポグの声だった。
ポグは嬉しそうに和人の周りを跳びはねて一周し、それからもう一度言った。


「カズト、オトモダチ」


すると今度は、和人の手を引いて、湖の中へと引っ張り始めた。


「待って!」


私は力いっぱい叫んだ。
和人の体はもう半分以上水の中で、どう考えたってこれ以上進んだら溺れてしまうから。

するとポグはゆっくり立ち止まり、クルッとこちらを振り返った。

私は、今だ!と懐中電灯のスイッチを入れてポグの顔を照らした。
そして、今度は私が固まってしまった。

思い出せなかったんじゃない。
ポグには、顔なんてもともとなかったのよ。

いくら光を当てても、ポグの顔はまるで森の暗闇のように、真っ暗だった。


「ポグ、あなた…… 顔がないのね」

「カズトはオトモダチ。ボクにナマエくれた。アイちゃんもオトモダチ。いっしょにきたい?」


ポグが笑った、ような気がした。
いつもの私なら、ポグが喋ってくれて、
しかもどこかへ連れて行ってくれるなんて、そんな誘いを断るはずがなかった。
でも今日はとっても怖くて、足がすくんで動けない。


「きたくなったら、またオイデ」


ポグはもう一度背を向け、今度はもっと力強く和人の手を引っ張り始めた。

危ない!

私が叫び声をあげそうになった瞬間。
和人は水の底ではなく、ポグと同じように水面に立っていた。
そしてそのまま手を引かれ、
いつの間にか集まっていた動物たちと一緒に、森の中へと消えてしまった。


「どうしよう・・・・行っちゃった・・・・」


私はしばらく呆然と、ただ湖のそばに立っていることしかできなかった。




 
次の日の朝、私の家の周りは大騒ぎだった。
夜の間に5歳の男の子が消えちゃったんだもの。
おばあちゃんは、私が友達の家に行った時とは比べものにならないくらい取り乱していた。

私は、知らないと言ったきり、部屋に閉じこもった。
とても話す気になれなかった。
話せばたくさんの大人たちが、私たちのポグの森に入ってしまう。
ポグは誘拐犯で捕まっちゃうかもしれない。

その前に、ポグのことも昨日のことも、みんなが信じてくれるとは思えなかった。

それにしても、和人はどうして行ってしまったんだろう。
いくら森やポグが好きでも、あんな風にいなくなっちゃうなんて。
和人はやんちゃだけど、優しい弟だった。
私やおばあちゃんを悲しませることが大嫌いだった。

そんな和人が、昨日は私の声をすっかり無視して、ポグについて行ってしまった。
それも、水の上を歩いて。


夕方にはお巡りさんが家にやってきて、私にあれこれと聞いた。
でも結局、私は何も言わなかった。

私が必ず、もう一度森の湖に行く。
そしてポグに会って、和人を返してもらわなきゃ。



夜、おばあちゃんがやっと眠ったのを見計らって、私は和人と自分と、
そしてお母さんやお父さんの写っている大切な写真を
ポロシャツの胸ポケットにしっかりしまった。

ピアノの発表会や学校の運動会にも、
大事な時はいつもこうしておばあちゃんがポケットに入れてくれたの。

私は深く深呼吸をしてから、窓を開けて森へと向かった。



森はいつになく静かで、湖へ向かう途中、キツネ一匹見かけなかった。
それがまた私を不安にさせたけど、
一歩一歩重たい足を引きずるように、私は湖へと歩いて行った。

しばらく歩くと、湖の方がぼうっと明るくなっているのが分かった。
ろうそくを灯したような、ぼんやりとした光。
湖に近づくにつれて、それがどんどんと大きく、確かなものへと変わっていった。


「わあっ……」


私は思わず、小さく叫んでしまった。
湖の周りには、葉っぱや花のついた服を着たポグがいっぱい。
よく見るとみんな少しずつ違うけど、それはすごい数で、
どれが本物のポグなのかすぐには見分けられなかった。

でも一人だけ、まだ服が汚れていない子を見つけた。


「和人!」


私は弟の名前を呼びながら、ポグの群れをかきわけて進んだ。

何よ、みんな顔が分からないじゃない!

ポグたちには顔がないのに、一人だけ顔のある私に、
あちこちから視線が鋭く突き刺さってくるように感じた。
それでも構わず、私は和人の所へ向かった。


「和人!早く帰ろう、みんな心配してる!」


やっとのことで弟の腕を掴んだ私は、和人の顔を見て目を見開いてしまった。
でもいくら見開いたって、和人の顔が見えない、思い出せない。
どうしよう、このままじゃ和人もポグになっちゃう!


「アイちゃん、きたね。ボクらはオトモダチ。ずうっとコドモ。みんなであそぼうヨ」

「ポグ、お願い。和人の顔を返して」


私は初めてポグに触れたことも忘れて、ポグの肩を揺すった。
ポグはされるがままに、細い体をくねくねと曲げながら喋った。


「カオをわすれたコドモはかえれない。ずうっとコドモ。ずうっとここでオトモダチなんだ。
 アイちゃんも、オトナなんかキライでしょ?」

「確かに子供って楽しいわ。大人なんてつまらない。
 だけど、みんないつかは大人になるのよ。
 私も和人も大人にならなきゃいけないの。ポグとは違うのよ!」


ポグはケケケッと高い声で笑うと、ピョンと木の枝に跳び乗った。


「ソンナコトないよ。ボクらみんな、アイちゃんとおんなじだった。
 でも、みんなオトナきらい。カオもわすれて、ずうっとここであそぶんダ」


ポグはエルフでもドワーフでもなかった。
私たちと同じ、普通の子供だったのよ。

それなのに森へ来て、顔をなくしてしまった。
大人を嫌って、ずっと子供のままでいるの。


「たのしいヨ。あそぼうヨ」

「そんなのって違うわ、ポグ。あなたにも帰る家があるんでしょ?みんなきっと心配しているわ」


私の言葉に、周りのポグたちが騒ぎ出した。


「いえはない。いえは森。ここをでるなんてトンデモナイ」

「ボクたちはずっとトモダチだ」

「みんなわるいコだから、だあれもシンパイしない」


私は耳を塞ぎたくなったけど、勇気を振り絞って、
全部のポグたちに聞こえるような大声で言った。


「弱虫!あなたたちは弱虫なだけよ。
 大人になるって大変なことだけど、ステキなことなのよ。
 私にはお父さんもお母さんもいないけど、おばあちゃんはとっても優しくしてくれるわ。

 あなたたちがいなくなっても誰も心配しないですって?
 そんなわけないじゃない!」


私たちの両親は、和人がまだ赤ちゃんの頃に死んでしまった。
事故だったの。
おばあちゃんは和人の世話で大変なはずなのに、
なかなか泣き止まない私を毎晩寝かしつけてくれた。

大丈夫、大丈夫。
おばあちゃんがついてるからねって。

でも本当は知ってるの。

おばあちゃんだって、私の見えない所で泣いていたこと。


「顔も名前も、帰る家もなくしちゃうなんて、そんなの間違ってるわ。
 それって、夢まで捨てちゃうってことでしょう?

 私たちは違う。私たちは帰るの、おばあちゃんが待っている家へ!」


するとポグたちが笑った。
頭に血が上っていた私はもう一度、弱虫!って言ってやろうとして、ハッとした。

湖に私の姿がはっきりと映っていた。

・・・・顔以外は。


「キミもカオをなくしちゃったんだネ」


嫌。
嫌よ、このまま森に住むなんて。

おばあちゃんを一人きりにするなんてできない。
和人だってそうでしょう?


「いいえ、帰るわ。私たちには顔があるもの!」


私は胸ポケットからしまってあった写真を取り出して、
ポグへ向かってかかげてみせた。

少し色あせてしまったし、和人なんてまだ赤ちゃんだけど、
そこには確かに、私たちの顔が写っていた。

それを見て、木の上に立っていたポグが甲高い叫び声をあげた。
それを合図に、周りのポグたちも次々と逃げるように森の奥へと消えていった。
私はそれを眺めながら、しっかりと和人の手を握っていた。

和人の顔、もう絶対に忘れない。

ポグたちがみんないなくなると、湖の光は消え、辺りは真っ暗になっていた。



顔をなくしてしまった間のことは、和人は何も覚えていないようだった。

私がしっかり和人の手を握り締めたまま正面の玄関から家に入ると、
そこにはおばあちゃんが立っていた。

おばあちゃんは、私たちがよく森へ遊びに行っていたことを知っていたらしい。
おばあちゃんは涙を零しながら和人を抱きしめ、それから私の頭を撫でてくれた。


それからというもの、私たちは勝手に森に行くことはなくなった。
森へ入ることがあっても、もうポグに会うことはなかった。





 
私が中学校に上がった年、森を切り開いて、
新しいマンションが建設されることが決まった。

私と和人は、今は別々の部屋で寝ている。
でも時々あの頃を思い出して、ベッドの下にスニーカーを隠したりする。
それを話すと、実は俺もそうなんだと、和人も照れくさそうに言ってくれた。

あんなことがあったけど、私たちにとって
やっぱりポグの森は特別な存在だったから、忘れることはできなかった。

いつかまたポグに会えたらいいな、なんて、私は毎晩夢見てた。

 
ある夜、森からあの歌が聞こえたような気がして目を覚ました。
窓を開けると、歌に合わせて、こっちだよと私を呼ぶ声がした。

ポグが・・・・森が呼んでいる。

森の奥まで入るのは久しぶりだった。
湖までやってくると、その真ん中にはあのポグが立っていた。
あれ以来会ったことはなかったけれど、私は驚かなかった。
それよりも嬉しくて。


「森、なくなっちゃうんだよ。ポグ」


あの頃のように、自然に話しかけている私がいた。
ポグは少しだけ下を向き、ふらふらと片足で立ちながら言った。


「アイちゃん、すこしオトナになった。もうオトモダチにはなれないネ」


ポグの喋り方は相変わらず片言で淡々としていたけど、
どこか寂しそうで、私はつい湖に一歩踏み出してしまった。
だけど・・・・。


「ダメ!オトナははいれない。この森もなくなるヨ。サヨナラをいいたかった」

「ごめんね、森がなくなるなんて・・・・大人が嫌いっていう気持ち、分かるよ」

「だけどアイちゃんはオトナになる。ボクはコドモのまま。
 ボクらはべつの森をさがすヨ。ダレにもみつからない、ダレにもジャマされない森」

「ポグ!私はあなたのこと、ずっと友達だと思ってる。
 だから一つだけ約束して。もう絶対に、お友達を連れて行こうなんてしないって」


プラプラと揺れているポグは、この時何を考えていたんだろう。
私の気持ちが届いていたらいいな。


「アイちゃんってイイナ。ボク、アイちゃんのことわすれない。
 オトモダチとのヤクソク、やぶらない」

「ありがとう、ポグ。私たち、大人になったってずうっとずうっとお友達よ!」


ポグは照れくさそうに、そして名残惜しそうにクルリと水の上で回ると、
ピョンと跳ねて森の奥へと消えた。

私は後を追わずに、そのまま家路についた。

窓から家に入ると、あの二段ベッドがあった和人の部屋に入ることになる。
そうっと入ったつもりだったけど、和人は目を覚ましてしまったようだ。
最初から起きていたのかもしれないけれど。

和人はしばらくじっとこちらを見て、もそもそと口を動かした。


「俺、森がなくなるなんて嫌だよ」


最近口数の少なくなった和人だけど、気持ちは私と同じだったみたい。
それきり目を合わそうとしない和人に、私も大きく頷いて言った。


「私だってそうよ。・・・・誰も入ってこない森なんて、この世界にまだ残ってるのかしら」


和人は少し考えるような顔をしたけれど、
すぐに後ろを向いて、布団をかぶってしまった。
私もそれ以上何も言わずに、今度こそ静かに部屋を出た。

いつか、ポグは住み心地の良い森を見つけられるだろうか。
決して遠くない未来に、私は大人になる。
その時、私はポグたちみんなに恥ずかしくないようなステキな大人でいたい。

そうすればきっと・・・・。












「ただいまー」

「おかえり、アキ。また森に行ってきたの?」

「うん! お母さん、今日は早かったんだね」

「明日は朝早くからお仕事だから」

「ボランティア? 木を植えるの?」

「そうよ、たくさんね!」


またお父さんに叱られちゃうわね、と笑う私に嬉しそうな顔で笑い返してくるアキ。
私は年中色々な場所に飛び回ってボランティア活動に励んでいる。

帰りが遅くなることもしばしばだけど、
アキはいつも私の話を楽しみに待っていてくれる。
辛い仕事でも、お母さんの仕事って格好いい!なんて言う
アキの笑顔を見るだけで元気が出た。


私の故郷の森は、一度は輝きを失ってしまった。
でも、おばあちゃんや当時の私たち子供の声によって開発は中止になり、
少しずつその光を取り戻しつつある。

天国にいるおばあちゃん、きっと喜んでくれているよね。

今はそんな故郷から遠く離れた場所にある森で、
娘のアキが毎日遊んでいる。

和人が聞いたらどんな顔をするだろう。
今度会った時、成長したアキを見せて喜ばせてやろう。
そして、あの森の話もたくさんしよう。

私が今日の仕事の様子を聞かせていると、突然アキが飛びついてきた。


「ねぇ、お母さん」

「どうしたの?」


アキは泥だらけの顔の眉間にしわを寄せて、難しい顔をしている。
私はそんなアキの両頬を引っ張ってもう一度聞いた。


「どうしたの?アキ」


ふごふご言うアキの頬から手を離すと、アキはおずおずと話し始めた。


「あのね・・・・今日は森で、不思議な歌を聞いたの」



  ボクの なまえは ポグ
 
  ボクらは すてきな おともだち

  ボクらは こども

  ずうっと こども

  おとなに なんか ならなくたって

  ずうっと ずうっと おともだち

  もしも おとなに なったって

  すてきな すてきな おともだち



その瞬間、懐かしい森の匂いがふっと漂ってきたような気がして、自然と笑みがこぼれた。
ふふふっと笑う私に、アキが余計に変な顔をして詰め寄ってくる。
私はアキを抱き上げて隣に座らせた。


「何も怖くないのよ。それはアキの大好きな森が、とってもステキな場所だっていう証拠だから」


それまで不安そうだったアキの顔が、パアッと明るくなる。


「そうなんだあ。誰が歌ってるんだろう。会ってみたいな」

「きっと良いお友達になれるわ。でもね・・・・」

言いながら私は、棚からアキとの思い出がいっぱい詰まったアルバムを取り出し、
とびっきりの一枚を手渡した。


「顔を忘れないように気をつけるのよ。ちゃんと家に帰ってくること!」


不思議そうに頷くアキを見て、私はポグの森の中を走り回った頃を思い出す。
ちょっとだけ、子供のアキが羨ましく思えた。

でもねポグ。
大人ってやっぱり、とってもステキよ。

だって私には、自分より大切なものができたんだもの。

 アキとポグが出逢う瞬間を想像しながら、私は思いっきりアキを抱きしめた。