忘れられた村 ②

テーマ:もうひとつの上士幌

 確かにそこに村はあって
変わってしまったのだろうけど確かに残っている。
の村は、どんなだったのだろうと調べてみても当時を偲ぶものは、とても少ない。

古いキャンプ場ガイドを見ても
航空公園キャンプ場と糠平湖のキャンプ場しか見えてこないんだ。
ネットでここに触れているブログを見つけたけれど
「昔からあるけど、あそこはなんだったんでしょう?」と、その程度です。 

そこで図書館で古い観光ガイドを片っ端からページをめくってみた。。。 

村の入口

「タダで泊まれる?!  ─大雪自然の村─」

大規模草地の入口にある「大雪自然の村」は宿泊もキャンプもすべてタダ。
いっぺんに100名泊れる大雪山荘、五右衛門風呂、キャンプファイヤーの用意もあって、使用は自由自在。

自然の村一周探険コースや駐車場(50台)も整っているので、大規模草地の帰りに泊るなんていう人も多い。

上士幌駅から10キロ、車で約20分。手ぶらで来ても、何の不自由もなく楽しめるのが旅行者に大好評。特に若い人たちは、ここを拠点にして糠平湖や然別湖、阿寒湖方面へ旅をすることもできるので、経済的で有意義な旅になくてはならない場所として利用しているようだ。

雑誌の中の村の様子

 

▲宿泊もキャンプも全てタダの大雪自然の村

昭和54(1879)年6月23日発行
日刊スポーツ新聞社/日刊スポーツグラフ特別号「ひがし北海道の旅」上士幌町の項より 

 

全盛期と思われる頃の雑誌の紹介記事ですが、やたら『タダ』と書いてあるのが、ちょっとなぁ。。。確かにそうなんだけどカエル

でも、基本的に有料のキャンプ場は、ほとんどが維持管理費であって無駄な費用ではないのですよ。
今時のオートキャンプ場のようにサイト個別に電源や水場があって入場料ひとり●円+施設使用料だとえらい出費ですけどね。
ともかく『大雪自然の村』は『カニ族』の時代におおいにヒットした様子が伺えます。 

おそらく維持管理が大変なことと施設の老朽化。そして需要の変化、それが村が忘れられていくことにもなったのでしょう。

できることなら、その時代の声が聞いてみたいと思ったわけです。 

忘れられた村 ①

テーマ:もうひとつの上士幌

幹線からの入口

「考えていても行動しなくては郷土の発展はあり得ない」 

 上士幌町商工青年が集まって熱っぽく討論を重ねた末、過疎を抜け出すための具体的行動に乗り出し、1972年(昭和47年)7月、「大雪自然の村」が開村した。

 青年10人が自ら30万円ずつ出し合い、まず3.5ヘクタールの土地を購入。毎日の仕事の合間を見て、給水パイプを引き、建物を大工に任せたほかは、各自の労力奉仕で完成した。大雪山荘は丸太づくり2階建120平方メートル。寝袋なら100人が泊まれる広さ。

 敷地内には、古タイヤを積んだ7メートルの“怪獣”、ミニ噴水、砂場、野草園も造成。近年とみに観光客が訪れるようになった日本一広いナイタイ高原牧場観光客の宿泊に提供し、誘致を図りました。

 開村早々から中学生、高校生のキャンプで連日大にぎわいで、もくろみは見事成功を見た。雑誌「週刊朝日」に紹介されたり、旅行雑誌に掲載され、ヒッチハイクや「かに族」の宿泊所として喜ばれ、ナイタイ高原を訪れた遠客の天気待ちに利用され、大いに好評で年に2~3千人の利用がありました。

 ある年、この小屋を訪れた九州の青年がここでひと冬を過ごし、この町が気に入って、ついに自分の家を建て町民として定着している例もあるという。

1985(昭和60)年頃からは、町内外各所に宿泊施設が充実し、また、旅行者の好みの変化などによって利用者は減少の傾向にあるが、青年が燃やした「むらおこし」の火は消えることがない。

開村時の写真 

画像ともに「上士幌町史(改訂版)」より抜粋

プロフィール

ねこん

こんにちは 『ねこん』です。
『時の忘れ形見』を探してあちこちドライブしています。どうぞよろしく。

上士幌は心の埋蔵遺産がたくさんあります。
「幻の橋」や地球創生を思わせる温泉など…
ここでは、町のシンボルでもある『タウシュベツ橋梁』だけではなく、上士幌町のちょっとしたことを見つめていきます。 

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