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忘れられた村 ①

テーマ:もうひとつの上士幌

幹線からの入口

「考えていても行動しなくては郷土の発展はあり得ない」 

 上士幌町商工青年が集まって熱っぽく討論を重ねた末、過疎を抜け出すための具体的行動に乗り出し、1972年(昭和47年)7月、「大雪自然の村」が開村した。

 青年10人が自ら30万円ずつ出し合い、まず3.5ヘクタールの土地を購入。毎日の仕事の合間を見て、給水パイプを引き、建物を大工に任せたほかは、各自の労力奉仕で完成した。大雪山荘は丸太づくり2階建120平方メートル。寝袋なら100人が泊まれる広さ。

 敷地内には、古タイヤを積んだ7メートルの“怪獣”、ミニ噴水、砂場、野草園も造成。近年とみに観光客が訪れるようになった日本一広いナイタイ高原牧場観光客の宿泊に提供し、誘致を図りました。

 開村早々から中学生、高校生のキャンプで連日大にぎわいで、もくろみは見事成功を見た。雑誌「週刊朝日」に紹介されたり、旅行雑誌に掲載され、ヒッチハイクや「かに族」の宿泊所として喜ばれ、ナイタイ高原を訪れた遠客の天気待ちに利用され、大いに好評で年に2~3千人の利用がありました。

 ある年、この小屋を訪れた九州の青年がここでひと冬を過ごし、この町が気に入って、ついに自分の家を建て町民として定着している例もあるという。

1985(昭和60)年頃からは、町内外各所に宿泊施設が充実し、また、旅行者の好みの変化などによって利用者は減少の傾向にあるが、青年が燃やした「むらおこし」の火は消えることがない。

開村時の写真 

画像ともに「上士幌町史(改訂版)」より抜粋

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ねこん

こんにちは 『ねこん』です。
『時の忘れ形見』を探してあちこちドライブしています。どうぞよろしく。

上士幌は心の埋蔵遺産がたくさんあります。
「幻の橋」や地球創生を思わせる温泉など…
ここでは、町のシンボルでもある『タウシュベツ橋梁』だけではなく、上士幌町のちょっとしたことを見つめていきます。 

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