≪最初 <ダウン |TOP| いとしい水> 最新≫

山奥の遺構

テーマ:ブログ
庶路炭鉱(白糠町)

こんばんはーっ!のねこんです。 病み上がりです。カエル

それはともかく
先週、十勝のとなりの釧路支庁管内の炭鉱跡を見に行ってました。

日本の歴史を遡る江戸時代に端を発して、戦中の軍需に利用され、戦後は歴史高度経済成長期の原動力でもあった「石炭」

しかし、戦後のエネルギー革命により石油にその座を譲り、歴史の表舞台から遠のいていきました。
それほどに現在石炭を目にする機会は少ない。

と思いきや、ぬかびら源泉峡のユース(せんべいさんのところ)の裏に石炭があったりしましたけど。。。

石炭というと北海道内だと夕張とか三笠とか羽幌とか主に空知支庁が産炭の中心地のイメージがあります。
実際に町史などを読むと道内各地に小規模ながら炭山は存在していたようです。
十勝だと浦幌にも炭山がありました。(道路標識にも『炭山』の名が残っている)若干質が異なりますが芽室幕別にも亜炭鉱(炭化度が低い)があった記録が残っています。

太平洋側の炭鉱の拠点は、太平洋岸に集中していて、尺別・庶路・新白糠・茶路・雄別・釧路…小さい鉱床を含めると膨大な数が存在していたようです。

今回行ったのが白糠町にある炭鉱で、比較的市街地に近いのですが、閉山後に植林地にされてたため、見事なほどに市街地と分断されている。
現在は森のようで、元々炭鉱などなかったかのように感じる土地柄です。

現地へ赴くと植林の林と鬱蒼とした枯れ草の藪が続き、人など滅多にこなさそうな所。時折、エゾシカの群れが目の前を横切っていく。。。

市街地から1㎞弱ほど進んだところに見えてくるのが、画像の遺構です。
すぐ近くには「ズリ山」と呼ばれる低質で製品にはならなかった石炭を積み上げた山があります。
これはホッパーという名で製品化した石炭を用途別に分類・格納した選炭器とも言われるものです。
数年前まで真っ直ぐ立っていたそうだけど、今は脚が折れてしまったのか斜めに転倒している。

学校の社会科の授業などで自分の住む町の歴史に触れることはありますが、歴史の遺構を目の当たりにすると、その歴史の重みというものを真に感じ取ることができる。
上士幌町にも町の歴史を語る旧国鉄士幌線アーチ橋梁群があるように。。。

『目の当たりにすると』とか簡単に言ってしまうけど夏は草木が鬱蒼として、クマがガーッとか来そうな場所なのでおすすめはできません。ここも4回目にして数人で始めて到達できました。

炭鉱跡の転倒したホッパー(選炭器) 

コメント

プロフィール

ねこん

こんにちは 『ねこん』です。
『時の忘れ形見』を探してあちこちドライブしています。どうぞよろしく。

上士幌は心の埋蔵遺産がたくさんあります。
「幻の橋」や地球創生を思わせる温泉など…
ここでは、町のシンボルでもある『タウシュベツ橋梁』だけではなく、上士幌町のちょっとしたことを見つめていきます。 

忘れ形見紀行 ルイン・ドロップ

このブログの読者