丸キャッチ♪★

こんなんでました。
2コマ目は、たごっちが真っ赤なトマトになっちゃうので自粛です。
焼き場
高台沿いにある畑の角に覚えのあるころからズーッとあった。
自分でそう思ったのか、兄にそう教えられたのかは覚えていないけれど「火葬場」と思っていた。
たしかにこんな郊外にあり窓の位置も高くて、存在感の強い高い煙突が疑いなくそう思わせる。
新設された焼き場も近くにあるからことさらそう思ってた。
背景に広がる畑の中ほどにあるお宅に聞いてみた。
「あーっ?あれ?澱粉工場でさ。ウチとは関係ないんだよね」
澱粉工場?!
管内町村の町史の工業の項には、必ず出てくるジャガイモ(馬鈴薯)を原料とした澱粉製造工場。
モノの本によると最盛期は北海道内でも2000以上あったという。
小さいころ、近所の子とカエルの卵とかザリガニを捕りによく行った川原の近くにもその名残だという朽ちかけたコンクリート製の浴槽みたいなのがありました。
澱粉というと記憶にあるのが小学校2年くらいの時、理科の実験ですりおろしたジャガイモをビーカーの水でグルグル混ぜて、しばらく様子を見ると底に沈むのが澱粉です…と習ったのとか、図工の時間に芋版画を作るのに手が乾いた澱粉で真っ白になったことくらいです。
おばあちゃんが丼一杯の澱粉に熱湯を少しづつ入れて、しょう油を少しづつかけて食べてたのを見て気味悪く思ったこともある。
よほどジッと見ていたのか
「ねこんも食べるかい?」
「いや!いらない!」
それが、いわゆる「でんぷんかき」という食べ方らしい。
でんぷん煎餅とかいう白や薄い赤のをパリパリ食べたことはある。
今は、中華風の料理を作る時に「とろみ」を付けるくらいにしか使っていないけど。。。
火葬場から澱粉工場に名誉挽回した建物は、さっきとうって変わって威厳のある姿に見える。 勝手いうなぁ。。。
先入観は物の見方も変えるんだなぁ。。。
※残念ながらレンガ製の高い煙突は現在、倒壊の危険があることから撤去されました。当時の建物が残っているのは珍しいけど道際に建っていたので仕方がなかったのでしょう。安全には替えられません。

音更町史より おそらくこの場所の最盛期の姿
秋の名残り

近くの公園
すっかり見通しの良くなった園内でこっそり歩くのは難しい
ガサガサ カサカサ パリパリ
いろんな音がする
後ろでカサカサ音がして
ハッとして振り返るけど誰もいない。。。
確かに何かいたような気がしたけど
それも秋の名残のイタズラ
たしか聞いたことがあるけど
カシワの葉は 新芽を守るために紅葉しても葉を落とさないとか
そう聞いて「へーっ」と感心したことがある。
真冬でも枯れ葉を付けてしのいでいるカシワを見たことがあるよ。
だから。。。
じゃあこの公園のカシワ。。。根性ないのかな???

嘆きの家
それが泣いてたのは
同じ身の上である家族においてけぼりにされた友だちが
いなくなっちゃったから
両手を頬に当てて大きな声で号泣しても
友の去った更地を ただただ眺めていても 友達も家族も戻ってなどこない
その声は誰の耳にも届かないし 涙は誰の心も潤さないのだから
更地
『更』の字は『更紗』と書くと美しいけど
『今更』と書くと物悲しい
今更取り返しつかないなんて。。。
取り返しの付くことも いろいろあるわ
忘れることなんか本当はとても難しいこと
嘆きの家が癒される日もきっと来る
待つのはこっちだけじゃなくて 向こうも待ってるんだからね
ナノてくの路地

1ナノメートル = 0.000 000 001メートル
1ナノ秒 = 0.000 000 001秒
1960年に導入されたもので、ギリシャ語で「小人」という意味のνάνος (nanos) に由来する。電子機器やコンピュータシステムにおいて、「ナノ」で表される時間や長さ(ナノ秒 (ns)、ナノメートル (nm))はよく登場する。ナノテクノロジーは、ナノメートル精度の加工技術で、それにより作られる機械がナノマシンである。(ウィキペディアから)
細かいですね~っ
人の世はこれほどに細かいものが管理されるようになってるんです。
目に見えないことだけど。。。
そうさ、そうだよ。これでも21世紀なんです今は。
細かいと言いつつ、器はどんどん大きくなっていく。
初めて仕事で使ったPCのHD容量は2GB。
今、家で使ってるノートPCは、100GBはあります。
2GBなんかUSBメモリーでさえ追い抜いているんだね。
一時期、家の回線が不調で(大抵引込み線がいかれる)
USBメモリーを使ってネットカフェからブログ更新なんてこともやってました。
そこで使ったPCが想像以上に早くて笑ってしまうほど神の域に感じた
ウチでは、いまだISDNなので画像1枚アップロードするのにややしばらくかかってしまう。
それでアップロードしながらウクレレの練習をしちゃったりするんです。
そういう話をとあるところで、ある理解ある識者の人としてたら、たまたま偶然その場に昔、付き合ったことのある人がいて、その話に『今時、どんな山ン中よ!』と返された。
相変わらず口の悪い人なんだな。言葉のTPOがなってない。
時代は、なんとナノなんだな。
でも口先までナノになるとろくなことが無い。
言葉は時代を表すように思う。
スローライフといわれるのは、スローライフが無いからだ。
ナノな時代は、果たして物事を細かく見切れているのか、はたまた見すぎているのか。。。
江戸文化研究・評論家の故杉浦日向子氏の江戸庶民の暮らしの本を読んだのによると
当時の大工は、1年に2軒も建てれば充分生活できたそうです。だから仕事も1日4~6時間くらいだとか。。。
現在は身近な職種でも3交代24時間だったりも当たり前。
列車も道路も時間短縮にやっきになっている。
細かい目的地を優先させると途中にある細かい大事なものを見失うかもしれない。
少なからず自分は時代に翻弄されない部分はあるんだと思うけどな。。。
そういうわけで画像数十枚アップロードするブログは、数日かけて準備して、数時間かけて仕上げる。
薬にも毒にもならないけれど、それで自分の存在意義は持てている。
高みから物を言う人は、たくさんいるけれど、例えば高い山に登って感動するのは、下々に見えるものなのです。
細かいことなんかネコのひと蹴り、犬のひとっ走りで消えてしまう程度のことなんだよ。
しかし、チョコチョコ耳の欠けたネコだな。。。
細いこと言うなっつーの。
華々しい戦歴を丸まっちぃ体が隠している。
そういうわけで(なにが)
スローライフを時間数値に換算する単位の定義に移ります
10min = 1スロータイム=1丸猫 (ウソ)


