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緑色の群れ

テーマ:ブログ

今の季節は、いつ頃に当たるだろう。カエル
晩春それとも初夏? 
妙に暖かいし野花も次々に開き、フキも葉を空に大きく広げだしている。
葉を落して閑散としていた林もうっそうとして、白樺の幹が血管のように浮き出して見えた山肌も緑でふっくらしてきた。
そんな中、道沿いでは緑の猛者が文明に戦いを挑もうとして道を覆い隠そうともくろんでいる。

オオイタドリ(タデ科)

道を埋め尽くす勢い


荒地・土手・山野の日当たりのよい場所で群生する多年草。
2~3mまで成長し、葉は10㎝程の卵型。
茎には節があり、竹のように中空になっています。
茎の中に巣食うイタドリ虫は、ヤマベやイワナ釣りの餌として人気がある。

観葉植物みたいな葉戦中・戦後は煙草の代用品としても使われたそうです。
。。。ということは食べられるのかな?カエル
調べたら食べられるそうです。
新芽や葉を天ぷらや一夜漬けにしたり、茹でて和えものや煮びたしにすると納豆のように糸を引き、独特の酸味があるらしい。
イタドリの名は『痛取』からつけられたという説があるとおり薬効があるそうで、傷ややけど(軽度)の外用には、葉や根を乾燥・粉末にしたものを食用油で練ったものを患部に塗ることで消炎や止血効果があるといいます。
内服では、煎じて便秘・利尿・夜尿症に効果があるとか。。。
どうも試してみようって気にはなれないけど、先人の知恵です。
どうやってその薬効を確認したかが気になるところ。。。カエル

主成分は、ポリゴニン(解毒、止痛、活血)とエモジン(脂肪の分解・吸収の時間を与えず、素早く大腸に送り、体外に排泄させる働き)

ネットで調べただけでも良いことずくめみたいに書かれていました。
前に日記で書いた漬物樽にいっしょに漬け込むのは、たしかに腐敗防止に効能があるということなんだね。
相性もあるだろから人によって、おいそれと試すわけにいかないので注意してください。

まだ小さいから高い所にいるの

このオオイタドリも夏に交差点付近の道端や背が高くなって、見通しの良い平野地も思わず盲点を作り出します。
軽自動車なんかすっかり隠れますからね。
土壌の酸化も促進させたり、枯れ茎が道端にいつまでも残っていたりとで厄介ものな側面のほうが目立ちます。
背が高いから『出る杭は打たれる』ということでしょうか。

郊外や街中の河川添いで大繁殖するオオイタドリの道は、やがて緑の回廊と化していきます。
でも、昔より増えた気がするなぁ。。。
葉っぱでお面を作ったり、茎を振り回したりして遊んだけど、ちょっと食べる気にはなれないなぁ、道端の植物だし。。。カエル

警告

茂みに紛れてゴミ捨てたらダメだよ。

 

空の記憶

テーマ:たわわの戯言

 

青空と丘 

空は忘れっぽい
昨日のことどころか ついさっきのことまでも
覚えておこうという気がないらしくて
みんな季節まかせ
この前と同じ形の雲を浮かべることもできない。

おおざっぱ おおざっぱ
No Ploblem

なんだか知らないけど 急に腹をたてたり
シトシト泣いてみたり。。。
そんなことさえすぐに忘れるようだ。

蒸しパンみたいに膨らむ雲が早くも夏の予感を誘うよ
雲は水蒸気の塊らしいけど
自分でそれを確かめたことがないから
やっぱり上に乗れるような気がする。

それをみんなが知ってしまうと
あまりにも楽しいから
フライト帰りのバルーンが乗員不足で大騒ぎになってしまう。
だから秘密にしているとか。。。

いくらなんでもそれはね。。。
でも、頭で理屈を知ってても真実を知らないことが多すぎる。
教科書で あるいはマニュアルに出ていることは、すでに答えであって
自分にとって事実の伴わないことだから
なんとなく「そうなんだ!」で納得する。
だから身に付かなかったのかな?

それは、できないことの言い訳。。。

自分達がひとつひとつ確かめられないのを
学者さんがかわりに確かめてくれた
そう思っておこう
雲を踏み抜いたら大変だし。。。

青空と少年像

それにしても今年の十勝は雨が少ないね。
小さな苗が恨めしそうに天をあおいで呟く

カラカラだよーっ なんて忘れっぽい空─!
去年はちゃんと水をくれたじゃないか!

あれ?そうだっけ?
悪い悪い
騒がしいのが、しばらくこないから
どうも忘れっぽくてね。。。

土の記憶

テーマ:日々のできごと

家に帰ってみるとキッチンのあたりをアリが行進していました。
半狂乱で掃除機をかけて、雑巾でアリの路(臭いを付けて歩くので仲間がわかるらしい)をゴシゴシ。
気がつくと右手に激痛が。。。あーっ手首が内出血してる。カエル
ヤワだなぁ。。。そういう話じゃなくて(イタタ)

けっこう街中 かなり街中

緑多くなってくると街中にも変化が見えてきます。
都会の暮らしでは季節の変化がわからないだろうね~みたいな歌詞の歌をいくつか思い出しますが、意外と街の中でも季節のものに出会います。

雨水溝の側で日陰なのでいちおう湿地郊外では当たり前でも街の中だと『えっ?』という感じの光景。
それが例え山菜だとしても誰も食べはしないでしょうけど奇妙な感じがします。

近くに役所や大きな病院、高架の上を走る電車。。。
その下で当たり前のように葉を広げる不似合いなものたち。
もしかしたら不似合いなのは回りの建物で、彼らは元々ここにいたのかもしれない。
山から来た鳥が啄ばんだ実やここまで運ばれた土が運んできた記憶なのかもしれません。

囚われのフキ中央分離帯にポコポコ顔を出すフキノトウも春先に見ました。
文化の広がる速度は、自然に歩みにお構いなく走ってきたからなのか
それともスキあらば、元の野山に戻してやろうとする自然のたくらみなのか。

『売物件』や『テナント募集』の看板の向こうで土の記憶はアスファルトの路面などモノともしないかのように伸び上がり、『ぬかびら源泉峡』の糠平湖畔で見たのと同じ植物が街中でも見られたりする。

じゃーん

実は大自然にとって人間社会を元の野山に取り込むことなんかすごく容易いのかもしれないですね。ただ、自然は寛大に振舞っているだけで。。。

かつて賑わった街の姿を見るとそう思うことがあります。カエル

─ほんの数十年前まで人の方が多かったところ─
人が取り残して忘れていったものも
自然は寛容に受け入れる

カエル

未来予想図

テーマ:学舎のアルバム

新得町は上士幌町と同じく町有面積のほとんどが森林です。
特に屈足地区の奥地にあるトムラウシは、大正9年ころより森林開発が始まりましたが山岳的にも険しい地域で戦中もほとんど森林資源は活用されなかったそうです。

『屈足小学校』 新得町

二宮金次郎像

戦中もほとんど手付かずだった森林資源は戦後、本格的に活用。
同時にたくさんの戦後開拓者が北海道に入植してきた折、平野地のほとんどが既に開墾されていたことからさらに奥地へと開墾の鍬が降ろされたようです。
昭和20年代のこの辺りの国有林は、樹齢300年以上の樹木がうっそうと茂り、昼間でも暗かったということです。
戦前は十勝川を使って丸太を流送(川に流して運ぶこと。広葉樹では著しく品質を損なうため、針葉樹木に利用された)して、現在の岩松ダム付近で引き上げて、馬車鉄道で新得まで運んでいました。

川上森林鉄道橋脚

昭和3年よりガソリン軌道に変わり、戦後に営林署が引き継いで川上森林軌道として輸送が本格化。奥十勝の幌加(上士幌町の幌加とは異なります)までの総延長は約67㎞になります。
そうして運ばれた原木は、屈足まで運ばれて北海道拓殖鉄道に積み替えられて新得駅から国鉄へと渡り、各地へ運ばれました。
昭和29年屈足市街に設置された清水営林支局では、昭和31年には職員数239名を数えていたそうです。

変わった作りの校舎

記念碑屈足小学校の開校は早く、明治37年に『人舞教育所特別教授所』として開設。
当初は17名で始まった学校も大正10年頃には200名。昭和20年には300名にまで児童数は増加。当時の拓殖鉄道屈足駅付近は多くの木工所が並び駅付近の人口が増加しましたが屈足小学校の位置が市街より約3㎞離れており、通学が困難であったことと、児童数が500名を超える事態になったことで昭和27年分校が開校。2年後には、屈足南小学校になりました。

草に埋もれる校庭の遊具いくつかのダム建設など好景気の後追いもありましたが基幹産業が林業という他町村と同じようにやがて木材需要の低下して、急激に増えた人口も減少していきます。

過疎・離農・少子化。。。いくつかの材料が重なって児童数は13名まで減少し、分校である屈足南小学校へ統合されました。
現在残る校舎は昭和59年に体育館改築。昭和63年に校舎も改築されて現在に至ります。
最後の卒業証書番号2453番。
林業の町である印象ですが、農業では稲作も行われた田園地帯にあった学舎です。

体育館

明治37年開校 平成16年3月閉校

無言の語り

落ちた書物と左手平成21年5月の晴れた日、ここへ再訪。
痛々しい傷の目立っていた小学校の象徴である二宮金次郎がついに崩壊。

戦中、資源として回収されたため、銅像はコンクリート製のものに置き換えられていましたが、素材の宿命らしく細かなヒビが中まで蝕んでいたようです。

そう言ってしまえばそれまでですが、なにか少子化の行く末を暗示しているような気もしました。カエル

愛しの傷

テーマ:たわわの戯言
 

傷が痛む 
大きな傷に涙して
小さな傷なら痒みすら感じてイライラする

左すねに残る少し引きつった小さな傷
小学生のときついたもので
ビート(甜菜)のふち掘り()の手伝いをしたときにビートナイフという菜っ切り包丁の先に太い針の付いたものを勢い余って刺した傷です。カエル

※畑の両端の一定幅を収穫機が入りやすく、または転回しやすいように手掘りする作業

深い傷だったけど怒られるのが怖くて黙って自分で薬をつけて直しました。
今考えると、縫っても当然だったような傷で出血はすくなかったものの良く我慢し通したものだと自分ながら関心してしまうほど。。。

明るいところに晒してじっくり見ないとわからないほどに癒えましたが、可愛い今では思い出の相棒だったりします。傷はいつかは癒えるけど、思い出を持って蘇ります。
妙なものです。傷が愛おしくなるのって。。。

心につく傷も痛いものです。
それも時がたてば笑い話の材料になったりして愛おしくなるものですが
そうではなく丸ごと封印してしまいたい心の傷もあります。
常時脳内日曜日のねこんでもそういう傷はありますよ。

えっ?ガラじゃない? 失敬な!カエル

そうでなくて。。。

でも傷は反復するものです。
繰り返すという意味じゃなくて。。。
記憶というのも考えようによっては脳の傷みたいなものです。
永遠に傷であり続けるものもあれば
傷ついたことさえも隠し通さねばならないことものもありますし。。。

そして誰かに見せたい傷もあるものです。
人がそれを望むのかは別として。

その傷を晒したときに再び痛みとして蘇るのなら
それは、まだ癒えていないのです。
癒えない傷は人の心に伝染することもあるでしょう。
傷が思い出に変わるのはそれがひとつの記憶装置に変化したからなのかもしれない。

あなたのその傷がまだ痛んでいるのは、はっきりとわかります。
その傷が癒えるのならば喜んでさすってあげたい気持ちもやまやま。
だからって、それほどの器じゃないですよね。 

癒えかけた傷をかきむしるよりも
そっとその傷に話しかけてあげましょう。

『よくがんばったなぁ』ってね。
傷は消えることはありませんが きっと応えてくれると想いますよ。カエル

無責任かもしれないけど。。。

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プロフィール

ねこん

こんにちは 『ねこん』です。
『時の忘れ形見』を探してあちこちドライブしています。どうぞよろしく。

上士幌は心の埋蔵遺産がたくさんあります。
「幻の橋」や地球創生を思わせる温泉など…
ここでは、町のシンボルでもある『タウシュベツ橋梁』だけではなく、上士幌町のちょっとしたことを見つめていきます。 

忘れ形見紀行 ルイン・ドロップ

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