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始まりの小路

テーマ:ブログ

軌道跡の福寿草雪がちらつく日はまだありますが、冬将軍も春の猛攻に撤退の様相が日々色濃くなってきています。チューリップ(ふらふら)
今日も気温はプラス予想。まだまだ朝は霜が降りたりということもありますが、せっかく温かいのですから昼休みは出かけてみましょう。

軌道公園

配電盤だっけ?職場からさほど離れていないところに上士幌町の十勝三股までその鉄路を伸ばした旧国鉄士幌線の基点がありました。
当初の三国峠を越える計画も叶うことなく、糠平~十勝三股間の路線が廃止され、バス運行に代替。
残る帯広~糠平間も1987年に廃線となりました。

惜しまれながらも最後の日を迎えた路線はその後、どうなったのでしょう。
帯広駅を発車した列車は、駅からすぐに上士幌へ向けて右へ緩やかにカーブを切って住宅街を走り抜けていきました。
レールも取り外された路盤は、清算事業団の管理地として長いこと放置されていましたが、現在は緑地公園として整備されています。
車輪をかたどったベンチや橋の欄干に付けられたプレート、そして鉄路時代の遺物がかつての面影を髣髴させるようです。

国道38号線との交差点。かつて跨線橋がありました

何かの標識?でも「士幌線」の名はどこにも無いのでいまひとつ時代を髣髴とさせるものではありません。
区画に逆らった住宅の並び方が軌道に揃って並んでいることが時代の記憶なのかもしれません。

整備された公園軌道も国道38号線にぶつかる頃には無くなって向こう側は、軌道そのままの姿がまだ残るところがあるようです。
廃線後しばらく、放置されて雑草が生い茂る道とかしていましたが、昔の面影が残る散歩道。
軌道際まで家庭菜園が広がって、何かの表示板が1本。
リアルな路線時代を垣間見ることができます。

今も残る軌道。住人の散歩道でもあるようです。

『まだこんな風景が見られるんだなぁ。。。』カエル

大きな路盤跡。橋もあったのかも

どんどん進むと軌道は、十勝川目指してやや高度を上げていったようですが、その先には住宅が建って向こう側は伺うことができません。

橋のマーク。。。というところで思い出した。

『昼休み終わっちゃうビックリマークカエル

ちょっと遠くまで歩きすぎたようです。
帰りは、歩いて来た軌道を特急で戻るはめに。。。走る

車輪ベンチ

うーん電車でもこないかなぁ。。。電車

砂漠のフキノトウ

テーマ:たわわの戯言

砂丘とフキノトウ 

おやぁ~っ
こんな砂漠にフキノトウが。。。
しかもどんどん大きな砂丘を登っていくよ。カエル

…と、言うのはウソです。
いえっホントです。フキノトウが出ていたのは。。。
家の近くにある採石場で積み上げた砂山にフキノトウが出ていました。
陽に照らされた砂が温かいのか、成長が早いようです。
やや、中腹より上まで登っていたようです。

ところがこの砂山、見上げると、そこそこの高さがあります。
よくもまぁ、こんなところを選んだものだなぁ。。。
フキと言えば山菜ということで山の方へ行かないと生えていないように思われますが、
たまに街中の路側帯の花壇にわんさか繁殖していて『なんだクエッションマークとビックリすることもある。
食べられるかどうかは別として。。。

花が終わればすぐに葉も出て、フキ料理の旬もやってきます。
その頃になると自転車に長さをそろえたフキを積んだおじいさんがルンルンで走っていくのを良く見るようになります。これも季節の風物詩。。。

砂が熱いらしく下の方が変色してます

新鮮なのは、固めに茹でてサラダに添えると美味しいんですよ。
煮付けもポピュラーだけどアキがこないオカズです。

でも山菜のシーズンになると、どうせタダの物だからと農家の畑にまで入り込んでいく大胆な人も多いので注意してください。山菜採りもマナーが必要ですよ。タダだからこそね。
心は砂漠にしてはいけません。

郊外を走っていると『私有地』とか『立入禁止』とか『勝手にとるな!』とか『山菜ドロボウ!』(ここまで言うか…)といった看板を見かけることもあります。
うちの裏にある山は人様の土地だけど一度、知らない人がいきなり山から出てきて死ぬほど驚いたことがあるなぁ。。。

猛獣のいる学舎

テーマ:学舎のアルバム

ハルとナツの家 

さあ!行かう数年前にNHKのドラマで『ハルとナツ』というのがありました。
冷害続きで暮らしもままならない一家が、本家に世話になっていましたが一旗上げるため、ブラジル移民に旅立つことになってからの苦難と生き別れた姉妹のお話です。
その旅立ち前の過酷な暮らしぶりを描いたシーンのロケ地が、この学舎からほど遠くないところにあります。

『上富村牛小(中)学校』 新得町

現存する校舎

ドラマで見たところでは、いかにも過酷この上ない土地であるかのようですが、残されているオープンセットから見える場所に数件の牧場も見えます。
あのシーンが昼間撮られていたら少し事情も変わって見えるでしょう。

といってもこの学校より先には学校はなく、行き着く先は秘湯トムラウシ温泉があります。
現在は大部分が舗装化している道ですが、最寄の市街地『屈足』からも45㎞
元より山に囲まれて畑を耕す土地は少ない印象です。
一帯は、林業資産も豊富でしたが、奥地到達が困難なことから戦時中もほとんどが未開発だったそうです。
戦後、馬車鉄道からガソリンカーの川上森林鉄道が延長されて開発が進みます。

道が整備されて、かつて『念仏峠』と名づけられるほどの区間も十勝ダムの開発で迂回、一部の集落はダム湖に沈みました。
ここに『下富村牛小学校』のあった地点も含まれているそうです。

『上富村牛小学校』のあった集落は、地域的な問題から学校も僻地等級最大の5級に指定されていました。
足寄の『旭丘小中学校』と同じですね。
さらに一帯に自然の猛威を見せ付けたのが昭和37年6月30日の十勝岳噴火
木々は降り注ぐ火山灰の重みで折れるほどだったといいます。
家畜の食べる草も被害を受け、亜硫酸ガスの濃度も上昇したことから家畜を含めた全住民が非難したそうです。

後日、この辺りを集中豪雨が襲い、火山灰が流されたことが唯一の救いなのであったとか。。。
以後、住民は家へ戻ることができましたが、噴火の打撃は大きく、離農者が続出。過疎化の一途であったらしい。
噴火を乗り越えた地域も過疎化になすすべも無く、戦後創立の学舎は、23年の校史に幕を降ろしました。
閉校時の児童は、小学生5人 中学生3人。

集落に残る廃屋

いざ、この辺りに来てみると、元々いた住民よりも別荘というか山小屋風な家がたくさんみられることに驚かされます。この学校も史跡は建てられているものの、個人の所有になっていました。
とりあえず事情を話して承諾をもらって見てきました。
事前に見た資料では、教室も残っていましたが、かなり朽ちていたようで、この時の前年、大雪で倒壊してしまったそうです。

残っている体育館だけが学舎であったことを知らせてくれますが、どこがグラウンドかもわかりません。
中は、体育館らしさを保つものの床は。。。持ち主が薪にしちゃったのかなぁ。
ほとんど物置と化しているようです。

外観

昭和28年創立 昭和51年3月閉校

体育館内

体育館の中ほどに開けられたところから向こうに行ってみると。。。
『犬!』

しかも放し飼い!
そっと戻ろうとしたらあっさり気づかれた。カエル
あわてて走って逃げましたが追ってくる。

野獣

膝丈の雪の上で転んで振り向くと体育館の前で勝ち誇った顔の番犬が仁王立ちしていました。ここは大きな犬小屋だったのです。
ちなみに母犬を含めて大型犬が数匹いるので、史跡銘板があるからといって無断で立ち入らぬように。カエル

ハルとナツもホントならこの学校に通ったのかもね。。。

まさかぁカエル

色が舞う学舎

テーマ:学舎のアルバム

この学校の子ども達はとても静か
ひと言も話すことはありません
でも心の中にグイグイと入ってきます
イタズラで鮮やかな子ども達は
時としてこっちの心も誘いだしてしまうみたい

『中伏古小学校』 芽室町

校舎

夏は、どちらを向いても畑ばかり 冬は雪原ばかり
こういうところに住んでいると当たり前のように感じられる風景も道外の人々にとっては驚愕の風景だそうです。

『あっち(北海道外)はすぐにどこかに着くんですよね…』

校門走れども 走れども景色がなかなか変化しないのは、当たり前のようで実は、とても貴重なことなのかもしれません。
地球儀をクルクル回して見つけた小さな国 『日本』。
その北端にある北海道。そんな小さな島なのに『無限』とか『普遍』をイメージする風景がここにはあるのです。
その風景の中にある学校。
寡黙で雄弁な子ども達は壁から語りかけてくる。
中には遠いメキシコの記憶を持つ子達もいます。

この学び舎は『学校』として、574人の卒業生を送り出しました。
PTAが集まって手作り遊具を作ったり、全校音楽集会や雪像コンクールなど特色のある活動が行われたそうです。
子どもが減ってから、この学校も他校と同様に教育合理化のために閉校になりました。
在校児童33人は、他校の子と一緒に新設校へ統合。

玄関その学舎に新しい校長先生が我が子といえる子ども達を連れてきました。
新しい学校の名前は『画家の美術館』
そう、この学舎の子供たちというのは『絵画』です。
一部の絵画は、校長先生の父君の子ども達。

学舎には、絵がとても似合う なぜか似合う。。。
こうして見て歩くと学校は色々な余生があります。

堅苦しい美術館の中に似合う絵もあるけれど
こうして明るい教室で見る絵もいいものです。
色が楽しそうに踊る絵は、見ている心も踊ります。

教室

『画家の美術館』 ←HPへリンク

芽室町中伏古5線

※入場は無料ですが訪問の際、カンパ箱にお志をお願いします。
 学舎が少しでもこのままここにいられるように…

物掛け

大正8年創立 昭和63年3月閉校

体育館

ここの校長先生、『画家』という肩書きですが、話好きで気さくな人です。
だから、こんな鮮やかな子たちが生まれるんだよ。

廊下

口数の多い相棒

テーマ:たわわの戯言

福寿草 

『どんなカメラをお使いなんですか?』

ブログ、あるいはホームページに自分の撮った画像を載せていると時々、こんなメール…あるいはコメントを戴くことがあります。
ブログは『かみしほろん』のほかにも持っていて、そっちは、丸2年になります。

画像中心のサイトだと、どうしても腕に覚えがある人が見に来ることが多く、スターウオーズに出てくるロボットみたいな名前のカメラをアレコレ挙げて、質問を投げかけてくる。
そういう人たちを唸らせるようなカットが、たまたま撮れたということなんでしょうけど。
それは、たまたまで。。。
ところが相手は、こっちを玄人レベルと思っているのか、暗号か呪文のような長文をしたためて来ます。

『困った…困った…汗カエル

ねこんの相棒はコンデジ。
手の中にすっぽり納まるほどです。
500万画素程度だし…画像レベルも1段下(クオリティ)で撮ってるし…
三脚と一体化しそうだし…
撮ってる当人も手ブレし放題だし。決めて撮るより数撮る方だし…

相棒一度『コンデジで撮っています…』と正直に返信したら、それ以降メールをくれなくなった人がいたなぁ…
だからカメラのこと聞かれると辛い。。。
コンデジもいいところは、あるんですよ。
いつでも持ち歩いているので、シャッターチャンスは、ほとんど逃さない。
特別な相棒がいなくてもできるブログが理想です。
ところが特別な相棒買っちゃったんでした『スノーシュー』
あと、アルミ製の脚立。コイツはうるさい。。。ムカッ
軽自動車の助手席まではみ出てくる上、ずーっと車の中で『ガチャガチャ』『カラカラ』と音を立てています。

でも空に近い絵をくれるんですよ。
ほんの数十センチ違っても絵は変わる。
子どもと大人の見る世界が違うようにね。

背丈2.5mほどの視界

旧国鉄士幌線幌加駅近く 
ルピナス咲き乱れる夏草の線路

この高さは、誰の目線なのだろうか。。。

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プロフィール

ねこん

こんにちは 『ねこん』です。
『時の忘れ形見』を探してあちこちドライブしています。どうぞよろしく。

上士幌は心の埋蔵遺産がたくさんあります。
「幻の橋」や地球創生を思わせる温泉など…
ここでは、町のシンボルでもある『タウシュベツ橋梁』だけではなく、上士幌町のちょっとしたことを見つめていきます。 

忘れ形見紀行 ルイン・ドロップ

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