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夏草の線路②

テーマ:上士幌ストーリー【創作】

空と木 

「おばさーん こんにちはー あれ? あはははははは…」

義江との再会は当然のごとく、そしていきなりだった。
翌朝、遅い朝飯の最中にボサボサの頭で。
しかも母さんが衣装箱から引っ張り出してきた高校の指定ジャージという格好だったから…でも指さして笑われるとは、かなりムッとした。

「なんだよ! 感動の再会にそれかよ! デリカシーねえなぁ!」

「ごめんごめん!でも似合ってるよね~そのカッコ! うん!まだ高校生で通るよ!」

Nホテルのネームを付けた制服姿の義江は、かなり大人びて見えた。当然、化粧も覚えているから、なおのことだ。 それにしても奥歯に被せた金属が見えるほどの大口を開けて笑うところは、やっぱりまだ、大人になりきれてないというか…昔のままだよな。


ポンプ「あらあら義江ちゃん いつもご苦労様」

「こんにちは!回覧です。 それと父が昨日うちに寄って山菜を置いていったんですよ 『持っていってくれ』って…」

「まぁ~すいませんね いつも… 寄ってくれればいいのにね~」

「退職してから、やりたいことがたくさんあるみたいで、せっかちになったんですよ。それに…ここの畑のものをお土産にしているみたいで後ろめたいんだと思いますよ」

「いえいえ!助かりますよ わっち(私)も近頃じゃ足腰がゆるくないからホントに助かってます。よろしく言っておいてくださいね」

「はい! それじゃ仕事中なんで失礼します。 あっ黒石君いつまでいるの?」

「夕べ急に来たんですよ。電話も入れんで、この子は… 1週間休みを取ったとかでね」

「木曜あたりに帰ると思うけど…」

「ホント!私も明日から代休分と3日あるのさ! 久しぶりだから、かまってくれる?」

パリッ

トンボ「んー? 別にいいよー」 

沢庵をくわえながら答えた。

「まぁー愛想ない子だねぇ…」

「いいんです 変わりなくて… それじゃ失礼しました」

そう言うと母さんに頭を下げて、小走りで出ていった…

 

 

「ちょっと!いつまで食べてるのさ  沢庵ばっかり…」

気がつくと一鉢、空にしていた。

湖 


翌朝の9時に義江が来た。昨日の制服姿とは一変して女らしい格好…やっぱり女は着るものでイメージがえらい変わるよな…
学生の頃もこういうのは見たことがない。制服はともかく…

「えへへ…おしゃれしてみた! 似合う?」

「うーん… でもその服装でスニーカーってのが変だよな…」

「いやぁ~ そのくらい見落としなよ デリカシーないね! 私、パンプスで運転できないもーっ」

ドライブ彼女の車で帯広方面へ向かった。帰りに街で給油してきたいとの事なので。
以前は、温泉街にも給油所があったのだが、今は無くなっている。おかげで上士幌の街から層雲峡までの間は給油所が一切なくなってしまった。 時折、峠でガス欠になり救援を呼ぶ輩も多いらしく、街を過ぎるあたりには、先に給油所がないことを知らせる看板も見かける。
温泉に暮らす人たちも給油は街まで出てこなくてはならなくなった。
ガソリンを入れるためにガソリンを使うみたいな妙なことがあるのがここの現状だ。

トンネル

トンネルを越えてから間もなく黒石平というあたりに差しかかっている。

「あれ? そこに電力館があったよね」
たしか発電所の向かいに建物があったはず…
いつもは、夜走ることが多くて気づかなかった。

「いつごろだったかなぁ… なくなるって聞いてから、いつのまにか…」

黒石平

バス停発電所に隣接して電力博物館があったのだが観覧者の減少か、目的を終えたのか、なくなってしまったようだ。この発電所が作られたころは宿舎や学校が多く立つ場所だったらしいけど、発電所以外の建物は、なくなってしまった。往時を語る痕跡は、ほとんどないだろう。話で聞いた小学校跡を記す碑くらいになってしまった。
こんな場所で乗降車も無かろうに…『黒石平』のバス停だけが無意味に残っている。この辺りから山肌にも旧士幌線の橋脚やトンネルが見え隠れするのだが緑の多い季節にはそれらもほとんどが覆い隠されている。
その筋のマニアにはこたえられない場所だがあそこまでは危険だし簡単には行けないだろう…。

こうしてボーっと風景を眺めているとバス通学の頃を思い出す。
帰り道、この辺まで来ると顔見知りでもなければ車内には残っていない。
だから同じ小学校出の連中だけが車内に残り、さながらスクールバスのようだった。

 義江が同じバスに乗るようになったのは、高校に進学した数ヵ月後からだった。
親が開発局の仕事で移り住んできたと後で聞いた。
始めは、見慣れた面々の中で小さくなって座っていて、皆 「誰だ?」 とけん制していたところを最初に話しかけたのがオレ。
それから卒業までの間、いつしか『付き合う』ようになっていたな…。

道

「札幌では、今どんな仕事してる?」

「旅行の企画を作る所さ。近頃は団体で景勝地めぐりするより、オプション重視の個人旅行が多くなったからね。個人的でマイナーな旅の人気が増えてさ」

「ふーん じゃ 私と同業みたいなもんだね」

「まぁ そうだなぁ。 こないだも北海道遺産絡みの旧線跡巡りのツアーの企画が入ったよ」

実際に近頃は変わったツアー物も多い。日本有数のガン検診を導入した病院をメインに組み入れたガン検診ツアーやファームステイ、ラフティングなどのネイチャートリップ、廃線や廃鉱を巡る旅など体験できるメニューの需要は多彩だ。
ものによっては短命で終わる企画も多いので、最小催行人数でもいかにペイさせるかが難しい。

白い湖

 ここ、上士幌町も近年『イムノリゾート(免疫保養地)構想』を立ち上げて『スギ花粉リゾリートツアー』も展開。アレルギー(主にスギ花粉)患者をターゲットに『健康・環境・観光』を3本柱に好環境で食を見直し、ストレスを和らげて免疫力を改善しようとのふれこみだ。
評判も上々らしい。

浴槽『源泉かけながし宣言』を発布した当糠平温泉郷もこれに協賛している。
ただ、それが地域活性化の起爆剤になったかというとPRの効果が出てくるには、まだ時間がかかるのかもしれない…。いくらCMを打っても一番力があるのは体験者の『口コミ』だ。ネット上の旅行でも商品でも『口コミ』の信頼度は高い!
それは昔から変わらないようだ。

 

「へーっ期待しているよ 私ら休みばっかりも考えものだからさ」

「厳しいのかい?」

「うん… でも前の冬はそこそこの入りだったよ。 ツアー団体は昔ほどじゃないけど、個人やスキー合宿はそこそこ入っていたし街もキャンペーンとかがんばったから。 おかげでシーズンオフまで休めなかったけどね。 私、これでもホテルの顔なんだよーっ」

「へーっ 眉唾ーっ」

「いっやー!ひっどいねー」

変わんないなぁ こいつ…
運転しているのが不似合いな感じもする。
バス待ちやバスの中でもこんな「上げ足とり」な会話が多かった。
起伏の激しい山道を抜けるとすぐ、なだらかな平野が広がる。ここまで来ると大規模な牧場風景が広がり、正に十勝らしい風景になってくる。
その間を真っ直ぐ南下する道は、よほど速度オーバーが多いのか今はオービスも据えられるようになった。

帯広大橋

この日は、帯広まで行き、買い物に付き合う。
記憶にある帯広の街風景もすっかり変わってしまっていたなあ。
違和感を感じたのは、昼間からシャッターの下りた店が目立つようになって『貸』とか『売』の看板が目に付くようになっていたこと。
ここだけに限ったことではないのだが『日本一住みやすい街:札幌』と比べると不況の影は隠せないような気がする。

帯広駅付近帰りは、運転を替わった。
1日取り止めもない昔話に花を咲かせて、何年かぶりにしゃべり疲れたと感じたほど。

 

会話が途切れたと思ったら義江は、いつのまにか横で眠っている。
糠平に住んでいたらちょっとした買い物も一日仕事なんだな…


卒業してから自分は札幌へ進学したが、義江は片親の親父さんに気を使って地元のNホテルへ就職した。これも親父さんの交際関係に寄るものだったそうだ。
お互い、離れてからは手紙のやり取りをしていた。下宿暮しで電話の独占もできなかったから。学校や仕事の話、けなしたり、励ましたり、会話みたいに行き来していたのだけど、忙しさにかまけて少しずつ回数が減っていつのまにかうやむやにしてしまった。たぶん俺のほうから…

今まで帰省しても会わなかったのは、そんな後ろめたさを感じていたからかもしれない。

「淋しいよー 淋しいよー」

そんな文字を読んでも何もできなかったから…
だから家で見つけられた時は、正直バツが悪かったな…
こいつのペースに乗せられてしまったけどさ。

とりあえずモヤモヤした気持ちは握りつぶしてポケットの奥へねじ込んでおこう。

夕暮れ 

      ボー…

 

また、あの耳鳴りだ。気がするというよりも聞こえているようだ。側にいる人は何も感じないから自分だけなんだ…

「どしたの?」

「えっ寝てたんじゃないの」

「うん…ちょっとウトウトしてた…」

「このところ耳鳴りが続いててさ…」

「えーっ? どんな感じ?」

「なんていうか…『ブーン』とか『ボー』っていう感じの音が聞こえるみたいでさ」

「へぇーっ そうなんだ!」

 タウッシュー色鉛筆画 

なんだ…? こいつ笑ってるよ!
何やら意味ありげに…

(つづく)  

夏草の線路①

テーマ:上士幌ストーリー【創作】

以降のストーリーは、1年ほど前にブログで連載した創作に加筆修正したものです。 
大抵の場合、舞台は架空の所としていますが、ここでは重要なアイテムが『タウシュベツ川橋梁』であったことから糠平という設定のままにしたものです。
若干の事情の違い等があるかもしれませんが、そこはそれ、大目にみてください。
初めてタウシュベツ川橋梁へ来たときに、その場にいた恋人たちを見てて思いついたお話です。カエル


【夏草の線路】  

夏草の線路 

「ん? なんだ…?」

仕事の手を止めてふと思った。
耳の奥で「ボーッ」というような音がしたような…
いつ頃からか、時折耳の奥で「ブーン」って聞こえることがあった。
耳鳴り…? 今日のは、特別すごい感じだよ。疲れ溜まってるかな…?

あまり気にはしてなかったその音が奇妙にはっきりしてきたのは
仕事で来季のツアー旅行企画の原稿を入力中のことだった。
「北海道遺産:幻のアーチ橋群を巡る旅」
添付写真のメインは『タウシュベツ川橋梁』。
ボロボロにささくれ立ったアーチ橋…。
糠平ダム建設に伴い、湖底に沈む旧国鉄士幌線の旧糠平駅を含む旧線の遺構。
夏の増水期は、その姿のほとんどを湖に沈めてしまうところから『幻の橋』と呼ばれているそうだ。

「廃線跡を見る旅か…こういうのを見たがる人もいるんだなぁ…」

緑に埋もれるアーチ

興味でもないと廃墟の一部にしか思えないけど。
などど言う自分自身がこの辺りの出身だ。

ホルガ・タウシュベツ上士幌町で生まれ、町内の大雪山国立公園にかかる糠平という温泉街で育った。小学校は街にあったけど中学以上になると毎日、街までの道のりをバスで通う。その長い道のりに正直うんざりした…。
でも、高校は遠隔寮があったけど自由がないような気がして、そこに入らずに3年間バスで通い続けた。
僕が生まれるずっと前は、家の裏にも線路が通っていたらしいが、今は鉄路の痕跡を累々と残した軌道や遺構が残るばかり。路線が廃止になった時、代替運行された乗りなれたバスも今では利用客も少ないのだろう。

発電所

ここも古くは林業景気や発電所用のダム工事で栄えたらしい。
実家も旅館業で小さい頃は、毎日知らない人がたくさん訪れていたが、旅行自体の多様化や円高でむしろ海外の方が割安になったり、人気観光地の集中…いろいろな要因で集客は減ってきている。
それはなにもここに限ったことではないけれどね…。
それでも、温泉街近くにスキー場も併設されていることや北見方面へ通じる三国峠の通年通行が可能になったことから集客増も期待されていた。
おりしも『秘湯ブーム』というものもあった…。

高校を卒業してから、札幌の専門学校へ進学。
故郷から大きな街へ飛び出し、同じように各地から集まってきた仲間と人生の楽しさを分かち合った。2年という短い時間ではあったけれど…
程なく僕達は、就職という渦に巻き込まれ、ぎこちないスーツ姿で企業訪問を繰り返し、何とか今のツァー企画会社に入ることができた。

川
 
「黒石君ってさ、ここの町の出身だったんだって?」

「あ…はい!」

「じゃあ、このタウシュベツの橋も良く見ていたんだ」

脇に立った課長が『幻の橋』の写真を取ってしげしげと眺める。

「いいえ うちからはかなり離れているんですよ。近くまで行くにも林道を通りますから自転車で行ってこれるような場所じゃありませんし…僕もここまで行った事はないです」

「そうか…でもロマンだよね。これは」

「ロマン…ですか?」

「そう 古のロマン… 先人の労苦の結晶が湖に見え隠れしてさ、なんか…こう、神聖な場っていう感じがするじゃないか。これこそ北海道遺産にふさわしい」

「はぁ…」

「どんな過酷な土地でも人は入っていくんだよね。あくなき冒険心っていうか…」

五の沢そう、数年前にこの旧国鉄士幌線の橋梁群が北海道遺産に制定されたのだ。
それ以前からも、この「タウシュベツ橋梁」を始め、あちこちに散っているアーチ橋が鉄路や廃線のマニアの被写体として注目されていたから北海道遺産に制定というのもうなずけるのかもしれない。
劣化した危険な構造物として順次取り壊される運命もあったのだそうだけれど、ものの価値は変わっていくものだ。
全てとは言わずとも小さい頃から、そんな「古の残骸」を見ていた僕にとっては、さほど魅了されるものではなかったけれど。
そこに暮らしていると日常風景の一部になって、鑑みることもなかったなぁ。
それが仕事で扱うようになるのも何かしら運命なんだろうか…。

「それとさ…黒石君?」

「はい?」

「いつも無理な納期のもの引き受けてもらってて言い辛いんだけど…ちょっと有休の方、なるべく消化する様にしてもらえないかなあ」

「いやぁーそう思っているんですけどね。なかなか…」

「うーん君の立場も解るけどさ、関係機関とかの風当たりもあってさ。内部でも取りづらい雰囲気とか…上からも業務の偏りを言われてるしさ…」

「そうですか…」

「まぁ!君は当てにしているから!ちょっと顔立ててくれよ。リフレッシュ休暇ということでさ」

色々問題もあるようだな…
そんなわけで翌月、GWも過ぎた行楽の小休止といった季節に1週間の有休休暇をとった。行先は特になかったので、たまには実家でゆっくりしてこようか。いつもは年末年始に顔見せ程度でトンボ帰りしていたから…。

湖

「なしたのさ? 仕事辞めたんかい?」

「違うって!いろいろ職場の体制の問題もあってさ 休みも適正に取らなきゃなんないそうだよ」

「したって ずいぶん変な時期なんだねぇ…」

「商売のほうは近頃どうなのさ」

街へ至る道「厳しくなったなぁ 去年のスキー場のゴタゴタに比べれば、今年は雪も多かったし、スキー客は、まあまあだったか…。宿泊は、いまひとつというところだったけどな…。」

「うちはまだ常連さんのひいきがあるからね でもどこも厳しいよ…」

峠が通年通行となったからと言っても諸問題があるようだ。

「あの、枡見さんのお嬢さん。義江ちゃんって子。 今はNホテルの方に勤めてるよ。うちにも回覧もって良く来てくれるんだよ」

街中の川「…! まだここにいるの?」

義江というのは、高校時代ここから一緒に通っていた子だ。

「あそこのお父さん、定年で帯広の方へ移ったんだけどね。もう3年くらいなるかな…義江ちゃんは、もうこっちで仕事していたから残ってるだわ」

そっか…まだいたんだ… でも、あれからもう7年…。
何も気づかずに忘れていた記憶がそっと首をもたげてきた─

 

タウシュベツ夏
 
「タウシュベツへ行きたいね。幻の橋を見に…」

「!」

 おかしな耳鳴りがまた聞こえた ボーッていう…汽笛みたいな感じの…

(つづく)

スノーシューティング【後編】

テーマ:日々のできごと

黒石平3 

『スノーシューがうちにやってきた』カエル
これさえあれば大雪山系はおろかエベレストも行けちゃいます。(ないない)
ともかく自分勝手なもので普段は雪なんぞ迷惑モノ扱いで、やれ『道が大変だ!』とか『除雪が面倒だ!』と思っていても
『早く雪つもらないかなぁ。。。』という調子。

黒石平2スノーボードを始めた頃もそうだったな。。。
要するに気持ち次第なんですね。
良い事も悪いことも。。。
景気の良し悪しをチャンスにする人はいるし、実際に世間の動きとはうらはらに業績を上げてる企業とかもあります。
世の中や人のせいにしてても寒くなるのは気温じゃなくてココロのほうです。

そんな時代の中
癒しを求めながらもいやしいことをしてるような自分。
すっかり『冬のキリギリス』。
足も大きくなったことだし。。。

黒石平1それはそれとして雪だよ!雪!
どうも十勝は冬型気候は安定していることが多く、晴天が続く。
道央・道南と比べるとはるかに降雪量が少ない。
その分、冷え込みも尋常じゃないけれどね。
朝のラジオで『今朝の最低気温は…』という話は大抵道東地域。十勝管内というのも珍しくないのです。
寒い日は寒いとしても今シーズンは、異常に暖かい日も多いですね。
この前もスノーシューで黒石平を歩いたときは、汗かきました。

そうそうスノーシューの話でした。。。
購入後、少ない雪の吹き溜まりを見つけて歩いてみたりしましたが、本番の機会がなくて部屋のオブジェになりました。
『これではイカン!』カエル
とりあえず山を目指そう。
スノーシューの本場と言えば上士幌だ(?)
チラシとかで『冬のタウシュベツ川橋梁エコウオーク』のようなのを見て、そこへ行ってみようと一路、糠平を目指す。

橋

しかし、下調べの悪い癖があって何処から入るのかわからない。
タウシュベツへ至る林道の入口へ行ってみたけどツアーの来た痕跡もないし、林道ゲートは閉まってる。奥に作業車も止まっているようだ。
糠平温泉街からチラつき始めた雪も吹雪の模様。。。

『今日は無理かな。。。』カエル

ここまで来た手前もあるので『鹿の谷旅館』へ温泉に入りに行った。
お風呂上りに除雪中のお兄さんと話をすると

『あ~っ ツアーは、五の沢辺りから入ってるみたいですよ』

『五の沢!そうか途中から入れるとこがあるんだ』カエル

吹雪で無理としても場所は確認しておこう。
ワカサギ釣り客の車がたくさん駐車してあるところが入口のようだ。
いつの間にか雪が止んでいて、青空も見え出している。

『これは行ってみるしかないなぁ!』カエル

と準備を始めた。
スノーシューというのはタイプによっては、専用ブーツを要するのもあるけれど普通の靴で履けるものにしていた。
スノーボードみたいなバックルが2本あって、踵に掛かるベルトもついている。
ソールのゴツイブーツを履いていたけど、このほうが長靴より踵のベルトが抜け落ちなくていいと思う。
木立の中を釣り人の足跡が道を作っていた。

『せっかくスノーシューなんだから。。。』カエル

と新雪のほうへ踏み入って行く。

足『えっ。。。?』カエル
思ったよりも足が雪の中へ沈む。そうだよね。。。体重なくなるわけじゃないから新雪の上は仕方ないか。
そう思いつつも意外に快適歩行です。
初めてのこともあり若干、歩きにぎこちなさがあったのが後から筋肉痛になりました。
難儀だったのは、ポール(スキー用など)がないと糠平湖の岸から水深の下がった氷結湖面へ降りるときの段差が辛い。
平らな湖面は良いけど、山中となるとこうは行きそうもない。
スノーシュー裏面にノコギリ歯のようなスパイクも付いているんですけどね。
先客のポール使用の人も「あったほうが楽ですよ」と言ってました。

『次回はポールを用意しよう。。。』カエル

ちなみにスキーショップのコーナーで専用ポール(?)は7000円しました。
リサイクルショップで700円の中古を買ったけどね。そういうのは安くすませる。

スノーシュー表もうひとつ問題があって、スノーシューは歩きやすくするためにバックルで足を固定してても「歩くスキー」のように踵が上がります。
それを頭に入れていないと後ずさりした時に後ろ側が雪に刺さりこんで思わず転んでしまいます。
この日も数回やりました。
方向転換のときも片足踏んじゃって、側倒。。。
失敗はしなかったけど、帰りに森の中を歩いたとき、倒木の枝でソールに穴を開けないかと少しヒヤヒヤしながら歩きました。

実際に山中を歩いたのは先日の大雪の前の日、糠平へ行ってきました。

鱒見トンネル脇

まず黒石平の辺りを足慣らしに散策。
夏場だと熊鈴をぶら下げて恐る恐る入るようなところ。。。
糠平第一橋梁の辺りまで歩いてみる。いつの間にか車道は、はるか下。
アーチ橋の旧線跡ばかり見てましたが、新線の軌道跡も良い雰囲気。

その後、鱒見トンネルを過ぎて次のトンネル手前の駐車できそうな場所へ。
目的は第四音更川橋梁
極寒の糠平とはいえ、路面の雪はドンドン溶けてシャーベット状です。
トンネル付近から第四音更川橋梁を目指そうとトンネル脇から降りはじめる。
でも、橋梁を下に見るこの高い道。法面の傾斜が尋常じゃないです。遠くから縦走で降りたけど、真っ直ぐ降りるのは難しい。
回りで雪玉がどんどん大きくなりながら下へ転がっていく。。。
どうにかこうにか下まで降りるとポールを握る腕には既に筋肉痛の予感。
旧線の軌道跡らしきところを見つけて進むけど、ちょっと遠くから来過ぎたね。。。

第四橋梁左

途中、大きな石がゴロゴロある小さな水の流れを越えるのに2、3度スノーシューを外す。
無理してそのまま超えるとフレームが折れそうだからね。
どうにか橋梁下まで到着。
道から下に臨む橋梁ですが近くにくるとほかの橋同様に大きい。
ここから見える車道は、車の通過音がかすかに聞こえるものの影は見えない。
痛々しい質感の橋は虫の様に小さい来訪者を見て何を想うのか。。。

こうして辿ってきた小さな旅でしたが、この橋についてはまた後ほど。。。

スノーシュー
雪原の中では便利なものですが、体力勝負な部分もありますね。
能力を過信できないところもありますが。。。
温かい日だと雪がスパイクの裏に固まってすべるようになるし、日を追って降り積もる雪は、その層によって差ができて、斜面を歩くだけでも上層がズルッと動き出すしで危ないこともあります。

断層2

普通に森の中を歩いていても雪の層の差で、さっきまで普通に歩いていたのに下の層を踏み抜いて、えらく沈み込むこともありました。

断層1

そういう時はスノーシューがジャマになって足が抜けません。まっすぐ足を抜かずに前に雪を破って蹴り上げるようにしないとダメでした。
こういう道路際からさほど離れていないとさして問題もないのだろうけど、奥地に入ると吹雪で来た道を見失ったり、切り立った場所で雪庇(せっぴ)を踏み抜いて滑落というのもありえないわけじゃない。

楽しいことには変わりありませんけどね。
スノーシューウオーク

冬の上士幌も。。。

第四橋梁下

スノーシューティング【前編】

テーマ:日々のできごと

シューたん 

『スノーシュー』
粉砂糖をたっぷりかけた雪山を連想する洋菓子、または中にバニラアイスがたっぷり詰まったシュークリームのような名前ですが、要するに『かんじき』です。

日本では、『輪かんじき』と言います。柔らかい木の枝をU字型に曲げてふたつ繋ぎ、輪っかにしたものが猟師に使われ、後に登山者に普及したのだそうです。
当時は、縄で足に結びつけたらしい。
以外にその歴史は古くて、縄文時代の「かんじき」と思われるものも見つかっている。

足跡いまでもスノーシーズンが近づくと、ホームセンターで昔ながらの木で出来たものと赤いプラ製の四角っぽいものが並んで売られている。ベルトで靴に固定する感じのです。
印象は、忍者の『水蜘蛛』を小さくした感じ。

一方、海外。アメリカで『スノーシュー』と呼ばれるタイプのものは、日本のものと違い縦長で浮力があり、ラッセル能力に優れている利点があるそうです。
ただし、長い分だけ方向転換に難があります。
プラスチックやジェラルミン製のものが普及。

『いいな~っ 欲しいな~っ』カエル

黒石平の奥で見た外灯思い始めた2シーズン前の冬。
すぐそこに見える場所へ写真を撮りに行くもののスノーウエアで膝上まで積もった雪の中を何度も休みながら歩いた。
夏場なら、ほんの10分くらいのところを30分以上かけてね。
そのころからスキーショップへ「スノーシュー」を見に行ってたけどビックリなのはその値段。
2万・3万当たり前。7万円台まで見たことがあります。

『うへーっ高い。。。』カエル

何か出てくる足に履くものだけど、とても手が出ないよ。。。
翌シーズン、「スノーシュー」を出すメーカーも増えて一般にも普及が進んできた。『タウシュベツ川橋梁』へ糠平湖を横断するエコトレイルツアー(スノーシューレンタル)もあったりして。
年が明けてシーズン終盤にかかればバーゲンになるかなと甘い推測をしたら、残ってたのが5万円の品。40%オフでもまだ辛いなぁ。。。
ヤフオクで探そうかと思ったけどシーズンもすっかり終わると、あの気持ちはどこへやら。。。

『今シーズンこそは、スノーシュー手に入れるぞ!』カエル

想い勇んで元旦初売りに出遅れる。。。 『あ~っ』カエル

思い描いていたクリーム色のスノーシューを手に入れ損ねた。。。

『あ。。。スノーシュークリームが。。。』カエル

黒石平から見た山 

橋台気を取り直して2日に賭ける。
早朝から並んで限定割引券GET!
1万円弱のを購入。
クリーム色は無きにしても、大願成就したわけです。

『これで、雪中トライアスロンから開放だ。。。』カエル
とりあえず嬉しいので抱いて寝ることにする。

しかし、このときは、まだ現実と理想のギャップはわかりませんでした。

以下後編へ続く (なんだかね)

お菓子の橋④ ごちそうさま

テーマ:ブログ

増水期 

コンクリート建造物 すなわち「コンクリート」は小説とか詩とかでは無機質で冷たいものとして表現されている。
均一で特徴のない外観の印象が、そう連想させるのでしょうか。。。
でも、無関心で冷酷な人を「コンクリートみたいな奴だ」と例えるのは聞いたことがない。
コンクリートは、生き物なのです。カエル

スカスカコン水で練ったセメントは、始めはやわらかいのに少しづつ固まっていく。
それはセメント粒子と水分が科学的に結合する反応。
つまり水和反応が生じた結果、水和物が形成されたからなのです。
その水和物は粒子を結びつけ流動性を低下させていき、セメント粒子の間に水和物が充填され硬化が進みます。
それが本来持ちうる強度に対して3日で25%、7日で45%、28日で85%、1年で約95%、3年でやっと100%に近い強さを発揮するといいます。
その後もわずかですが20年、50年後も強度の増加があることが実験によって得られるそうなんだ。

『ふ~ん。。。すごいねぇ』カエル

でもそれは適切な施工管理と養成、その後の管理など。。。
コンクリートを扱うことは、子どもを育てるのとどこか似た感じがします。
だからコンクリートは生き物と同じだということです。

タウシュベツ川橋梁や同時期作られた橋に当てはまるのかわかりませんが、コンクリートの施工も当時と現在ではかなり異なります。
昔はコンクリートの配合をセメント1:細骨材2:粗骨材4などとして、配合を決めた側からの水の量の支持が特になかったらしい。。。つまり現場任せということですね。
ということは型枠の隅々まで充填させようと思えば柔らかめに練ることになり、やりすぎると骨材の分離(粗骨材が下に沈む)が起こり、均質なコンクリートを得ることが難しくなります。

1918年、アメリカのダフ・エイブラハムスが5万本の試験の結果、発表した水の重要性の研究で、現在はその配合が厳重に管理されて(骨材が元々持つ水分も考慮される)より強力で確かな施工が可能になっています。すっごくムズカシイですけどね。

緑に埋もれるアーチ

【現在の配合(調合)の決め方】カエル
①配合の種類、寸法、おかれる場所の気象条件、施工方法などを考慮して、粗骨材の最大寸法、スランプ(試験に基づく生コンの柔らかさ)および空気量を決定する。

②所定の強度、耐久性、水密性が得られるようなセメント比を主として過去の実績などをもとにして選定する。

③示方書、仕様書に示されている配合参考表などを利用して単位水量と細骨材率を選定し、空気量を含めた各材料の絶対容積の合計が1立方メートルとなるよう、単位セメント量、単位細骨材量、単位粗骨材量を算出する。混和材(耐久性、強度を向上させる添加剤。フライアッシュなど)の量は、過去の実績を元に選定する。

立入禁止これを読んだだけでも数学と物理と科学の世界です。
苦手科目満載。工事現場の人がインテリに見えてきますよ。いやインテリです!
こうして読むと「過去の実績」という言葉が出てくる通り、今の技術も過去の実績の上にあるのです。
ひがし大雪アーチ橋群が築かれた当時、過去の実績はどうだったのかな?
時間と多くの人によって作られたこの橋も当時は、コンクリートプラントが充実していたわけではなく、骨材の現地調達ということから原料の練り混ぜも現地で行ったとするべきでしょう。
「今日はここまで」と作業を中断して続きを翌日…ではコンクリートの硬化にも誤差がでてしまう。。。
現在の施工ではコンクリートの一体性を確保するため、同一区域(型枠)内は、連続して打ち込まなければなりません。

コンクリートの充填のことを『打ち込み』および『打設』というのは、コンクリートが使われるようになった明治初期、まだ高価だったのでセメント比の低い固い状態のコンクリートをまさに叩いて型枠に入れたことから起因しているそうです。

『本は読んでみるものです。興味以外のも。。。』カエル

なんにせよ痛々しくも時を越えて立ちつづけるアーチ橋。
タウシュベツ川橋梁の疾患は 『アルカリ骨材反応』 『塩害』 『凍害』 のいずれかがが考えられます。
『アルカリ骨材反応』は、骨材を調べるわけにもいかず、現地判定できるほど識者でもありませんので、正直、不明です。

『塩害』は骨材の塩分(海砂など洗浄の少ないもの)により、本来アルカリに守られている内部の鉄筋が腐食(錆)することにより進行します。腐食によって生じる錆は元の鉄の体積の2~4倍にも達することがあります。糠平に塩分を含む骨材があったとも思えませんが、すでに骨材がむき出しになっている部分もあるので塩害相応の現象も起こります。
鉄筋はコンクリートの付きをよくするためにデコボコのある異形鉄筋というのが主に使われますが糠平のアーチ橋には古い時代の丸鋼というものです。

『凍害』初期的(施工時)なものは、まだ硬化が進んでいない養成中だと簡単に組織を破壊する。
硬化したものでも、コンクリートの内部は微細な空隙が存在することから内部に入り込んだ水は凍結することにより体積が膨張(約9%)することで起こります。
屋外施工は、雨が降れば普通濡れますから寒冷地のコンクリートはすべてダメなのかというと、そうではありません。凍結・融解の繰り返しは、水を内部まで入り込ませてヒビを生じさせたり、表面剥離を起こさせます
越年の間、メンテナンスもされなかったタウシュベツ川橋梁は、雨のほかにも糠平湖に水没するという状況と寒冷地という環境、そして日当たりの良い場所であることから凍害は必然的に起こったことなのでしょう。

コンクリートは引っ張りに弱い。中からの力も同様。
いずれの症例も内側から力が加えられた結果の破損なんですね。

たうっしゅー山から

タウシュベツ川橋梁の痛々しい肌
いつ剥離・崩落が起こってもおかしくないのです
だから、うかつに近づかないほうが良いのです。眺めていましょう。。。美味しそうだけど。カエル

こうして素人レベルで探ってきた拾い読みみたいなレポートでしたが、構造的なことに触れるとアーチ橋群やコンクリートに愛着も出てきます。
無機質な印象のコンクリートは、多くの人の温かい心で支えられて発達してきたのです。
無骨な外見のわりに芯のもろい人間的なコンクリート。
だから、自分の家の基礎に走った小さなヒビやテラス階段の小さな欠けも気にしてあげたほうがいいですね。
傷の浅いうちに。。。

参考『コンクリートのはなし Ⅰ』 技報堂出版 
藤原忠司・宮川豊章・長谷川寿夫・河井徹 編著

タウッシューしほろん 

頑丈な表情とは、うらはらに
引っぱりにとても弱いコンクリートのお話でしたが
『ひがし大雪アーチ橋群』に引っぱられていたのは
むしろ私たちの方です。

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プロフィール

ねこん

こんにちは 『ねこん』です。
『時の忘れ形見』を探してあちこちドライブしています。どうぞよろしく。

上士幌は心の埋蔵遺産がたくさんあります。
「幻の橋」や地球創生を思わせる温泉など…
ここでは、町のシンボルでもある『タウシュベツ橋梁』だけではなく、上士幌町のちょっとしたことを見つめていきます。 

忘れ形見紀行 ルイン・ドロップ

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