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忘れられた村 ③

テーマ:ブログ
厳冬の川霧
 
新年あけましておめでとうございます
寒い日が続いていますね。
この冬は例年になく降雪が続いて、白銀の十勝平野です。
 
 なんとなく季節が前倒しで動いてる感がして、雪の量から2月のような気分がしていませんでしたか?
 このいつにない季節、年が明けたら逆に暖かくなってくる…と思っていたら
なかなかそうはいかないようで今朝(9日)は、最低気温更新で-22.9℃!
これが公式な気温でしたが、うちの外にある温度計は計測ギリギリの-30℃… 
 
『今年の冬は寒くなる』 
そんな予報だけは当たるのですね。
どことは言いませんけど… 
 
そういえば、やり残してたことがありました。
『あの村』は、今はどうなっているのか?
 
村は、ずーっとそこにありました。人々から忘れられても…
('_')うーん… でも、忘れられているのかなぁ…
忘れられてしまったというよりも元から知らない人の方が多いんだよね。
かつての村人たち(利用者)は、どうされているのでしょうか。
 この土地をこの村を愛して訪れた人々は既に不惑の歳を過ぎています。
遊び盛りな子どもでもすっかり大人になっていることでしょう。 
 
『無料』 が新しかった時代。
その後、その思いが継承された─ というわけでもないのでしょうが、町を愛する人たちと旅を愛する人たちの想いの基礎は変わることなく生きている。
無料とはいかないまでも 「ユースホステル」 や 「とほ宿」 あるいは民宿といった
『体感する旅』を提供する宿がその想いを継いでいるのだと思います。
 
『かに族』の新しい世代は、その想いの先を海外に求めて旅立っていったといいます。
「ブンブン族」「ミツバチ族」と呼ばれたバイク旅行者がそれに変わるように北海道各地で旅を語りあった頃もひと時より静かになったように感じます。
それでも「旅」は己を試すもの…といわんばかりに徒歩、ヒッチハイク、自転車の旅人がまったくいなくなってしまったわけでは無いようです。
旅は自分を試すものであり、あるいは自分を彼方へ置いて見つめ直す。あるいは自分の知らない自分を探すもの…そう思います。
 
体感したこと 体で覚えたことは、そう簡単に忘れるものではありません。
小さい頃に何度も転んで擦り傷を作り、泣きながら覚えた自転車が
歳をとっても 自転車から何年も遠ざかっていても
その感覚が体から簡単に抜け出ないのと同じように
旅で彫りだした「自分自身」は、ずっと自分を支えていく。 
彼方へ行くばかりが「旅」ではない
「旅」はそれぞれが、自分のやり方で始めれば良い。
 
でも 頭の中や掌の上で広げるのは「旅」ではないだろう
乱暴かもしれないけれど、そうだと思う
第二の人生を始めた、かつての「かに族」が、再び旅立っているという。
それは若い頃のハングリーな旅ではなく、自分の身の丈にあったスタイルの旅に姿を変えているようですが、それは単なる思い出旅行ではなくて、人生の節目に再び自分を問い直そうとするかのようなのです。
 
「忘れられた村」 が 『消えた村』 にならないのは
ひとつに「旅先から戻る旅」から「再び旅先へ帰る」ために留まり続けているのだろう。
草が萌え、幾重にも重なり 幼木の茂みが林に姿を変えてもその姿を消すに至らない多くの「想い」がそこに純白の雪の如く重なっているのです。
 
村の入口
 
 
場所は明かしません
再び訪れる「かに族」のために 
 
村の様子
 
山小屋前
 
タイヤ恐竜
 
タイヤ恐竜
 
ミニ噴水?
 
ミニ噴水と炊事小屋(五右衛門風呂)
 
今もがっしりした山小屋
 
おかえりなさい 
旅はどうでしたか? 

忘れられた村 ②

テーマ:もうひとつの上士幌

 確かにそこに村はあって
変わってしまったのだろうけど確かに残っている。
の村は、どんなだったのだろうと調べてみても当時を偲ぶものは、とても少ない。

古いキャンプ場ガイドを見ても
航空公園キャンプ場と糠平湖のキャンプ場しか見えてこないんだ。
ネットでここに触れているブログを見つけたけれど
「昔からあるけど、あそこはなんだったんでしょう?」と、その程度です。 

そこで図書館で古い観光ガイドを片っ端からページをめくってみた。。。 

村の入口

「タダで泊まれる?!  ─大雪自然の村─」

大規模草地の入口にある「大雪自然の村」は宿泊もキャンプもすべてタダ。
いっぺんに100名泊れる大雪山荘、五右衛門風呂、キャンプファイヤーの用意もあって、使用は自由自在。

自然の村一周探険コースや駐車場(50台)も整っているので、大規模草地の帰りに泊るなんていう人も多い。

上士幌駅から10キロ、車で約20分。手ぶらで来ても、何の不自由もなく楽しめるのが旅行者に大好評。特に若い人たちは、ここを拠点にして糠平湖や然別湖、阿寒湖方面へ旅をすることもできるので、経済的で有意義な旅になくてはならない場所として利用しているようだ。

雑誌の中の村の様子

 

▲宿泊もキャンプも全てタダの大雪自然の村

昭和54(1879)年6月23日発行
日刊スポーツ新聞社/日刊スポーツグラフ特別号「ひがし北海道の旅」上士幌町の項より 

 

全盛期と思われる頃の雑誌の紹介記事ですが、やたら『タダ』と書いてあるのが、ちょっとなぁ。。。確かにそうなんだけどカエル

でも、基本的に有料のキャンプ場は、ほとんどが維持管理費であって無駄な費用ではないのですよ。
今時のオートキャンプ場のようにサイト個別に電源や水場があって入場料ひとり●円+施設使用料だとえらい出費ですけどね。
ともかく『大雪自然の村』は『カニ族』の時代におおいにヒットした様子が伺えます。 

おそらく維持管理が大変なことと施設の老朽化。そして需要の変化、それが村が忘れられていくことにもなったのでしょう。

できることなら、その時代の声が聞いてみたいと思ったわけです。 

忘れられた村 ①

テーマ:もうひとつの上士幌

幹線からの入口

「考えていても行動しなくては郷土の発展はあり得ない」 

 上士幌町商工青年が集まって熱っぽく討論を重ねた末、過疎を抜け出すための具体的行動に乗り出し、1972年(昭和47年)7月、「大雪自然の村」が開村した。

 青年10人が自ら30万円ずつ出し合い、まず3.5ヘクタールの土地を購入。毎日の仕事の合間を見て、給水パイプを引き、建物を大工に任せたほかは、各自の労力奉仕で完成した。大雪山荘は丸太づくり2階建120平方メートル。寝袋なら100人が泊まれる広さ。

 敷地内には、古タイヤを積んだ7メートルの“怪獣”、ミニ噴水、砂場、野草園も造成。近年とみに観光客が訪れるようになった日本一広いナイタイ高原牧場観光客の宿泊に提供し、誘致を図りました。

 開村早々から中学生、高校生のキャンプで連日大にぎわいで、もくろみは見事成功を見た。雑誌「週刊朝日」に紹介されたり、旅行雑誌に掲載され、ヒッチハイクや「かに族」の宿泊所として喜ばれ、ナイタイ高原を訪れた遠客の天気待ちに利用され、大いに好評で年に2~3千人の利用がありました。

 ある年、この小屋を訪れた九州の青年がここでひと冬を過ごし、この町が気に入って、ついに自分の家を建て町民として定着している例もあるという。

1985(昭和60)年頃からは、町内外各所に宿泊施設が充実し、また、旅行者の好みの変化などによって利用者は減少の傾向にあるが、青年が燃やした「むらおこし」の火は消えることがない。

開村時の写真 

画像ともに「上士幌町史(改訂版)」より抜粋

気球焼き

テーマ:日々のできごと

気球焼き

 週末に行った音更町の食のイベント。

長蛇の列の先にあったのは上士幌町の「気球焼き」
すごくならんでた。
前にこういうイベントに行った時もすごく並んでいたので諦めちゃった。。。

せめて写真でも撮っておこうとカメラを向けたら。
「キレイに撮れるように並べ直すかい?」 
と、気を効かせてくれましたが
撮影用に1個ください…とは、さすがに言えなかったな。

どうも行列に並ぶのが苦手なのですが
次回は辛抱して並ぶようにしたい。 

 

地上の秋

テーマ:日々のできごと

地上の秋

「秋は山から降りてくる」

 そう聞いたことがあるので上ばかり見ていたら
足元が鮮やかに色づいていました。

今年の秋は少し出足が遅かったようですが
秋を見失うことはないようです。

こんなにも暖かい色なのに
寒々としたイメージを感じてしまうのが
なんだか不思議です。

記憶に作られたイメージなのだろうけど。。。 

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ねこん

こんにちは 『ねこん』です。
『時の忘れ形見』を探してあちこちドライブしています。どうぞよろしく。

上士幌は心の埋蔵遺産がたくさんあります。
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ここでは、町のシンボルでもある『タウシュベツ橋梁』だけではなく、上士幌町のちょっとしたことを見つめていきます。 

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