までいが日本を救う?

テーマ:ブログ
東京電力福島第一原発事故による放射能被害で全村避難を余儀なくされ、未だ解決のめどが立たない福島県飯館村・・・その村長、菅野典雄さんが、創立70周年を迎えた母校・帯広畜産大学で記念講演を行った。
直接講演を聴くことが出来なかったが、北海道新聞10月18日付夕刊に講演の内容が報じられ読むことができた。

理不尽といえる被害に遭われ解決の目処すら立たない中で、母校の後輩たちに託したメッセージに深い感動と共感を覚えた。

ブログに訪れて下さった皆さんに、ボクの感想を書くよりもよりも直接読んで頂きたく、北海道新聞に掲載された記事全文をそのまま紹介することにしました。




 北海道新聞夕刊記事(10月18日)より


帯広畜産大学創立70周年記念講演
「までいが日本を救う?」


 東京電力の福島第一原発が水素爆発を起こし、放射能が風に乗り飯館村に流れてきました。
計画的避難区域に指定され、全村避難を指示しました。
全村避難とはゴーストタウンになることを意味します。
家も仕事も全てを捨てて避難するわけだから、暮らしがズタズタになってしまいます。
 例えば基幹産業の畜産は震災前、3千頭近くの牛が飼われていました。処分しろと言われてもそう簡単ではありません。われわれ村民は大変な思いをしながらも、なんとか前を向いています。
そんな話が皆さまのお役に立つなら幸いです。

 日本は「第3の転換期」に入っていると言われています。
第一の転換期は明治維新です。そこから新しい日本づくりが始まりました。
第2は戦後。そこから日本の民主主義はスタートしました。
 第1の転換期で何が滅んだのかというと、武士の世の中です。
第2の転換期では軍人の時代が終わりを告げました。
あの戦争に負けて平和を手にしたわけですが、お国のために死んでいった無数の犠牲者のおかげで今があることを忘れてはなりません。

 では、第3の転換期に何が滅びていくのでしょうか。
私は時代の流れを読めない者が滅びるのだと思います。
変化が激しい時代なので、流れを読むには柔軟な発想が欠かせません。
固定概念に凝り固まっていれば、これからは家庭や、大学、自治体とて滅びないという保障はないのです。

 戦後の日本は、スピードや効率を最優先し、お金がすべてという価値観で突っ走ってきました。
その後遺症が今、吹き出してきているように思います。
自分さえよければ他人がどうなろうと構わないという人が増えています。
 村長になって最初に策定した10年計画で、私はスローライフを提案しました。
すると、もう道路は造らないつもりか、農業振興はしないのか、今でもスローな村をもっとスローにする気か、など反発を招きました。
 そこで、スローライフの定義づけを方言の「までい」を使って「までいライブ」としました。
「までい」の語源を調べてみると、漢字で「真手」と書き、両手という意味から「丁寧に」「心を込めて」などというふうに使われます。
それなら分かったと多くの村民から理解を得られました。

 人口6千人余の小さな飯館村には「何もない」という人がいます。しかし、ないものねだりをする時代ではありません。
今は「あるものを生かし」が大事な時代なのです。もう一度、足元を見つめれば実はそこに宝が見つかります。
 循環型の社会という言い方もできます。
これまでの大量生産・大量消費の社会を改めるのも「までいライフ」です。
お互いに気遣い、助け合う「お互いさま社会」をつくる取り組みなのです。

 ただ、小さな村の生き残り策として取り組んできた「までいライフ」が、今度の震災に遭ってみると、第3の転換期にある日本のこれからの在り方ではないのかと思うようになりました。
経済成長を追求してきた足し算の考え方から、引き算の発想に転換する機会が、この震災によって与えられたのではないか。
 30~40年後、私たちの世代が「『さすが日本』と世界から尊敬される国になれたのは、あの震災や原発事故で大変な苦労をした人たちのおかげ」と言えるようにしなければ、被災者のつらさは報われません。

 敗戦から「いい国をつくろう」と頑張った先輩たちと同じように、今また「いい国をつくろう、何度でも」。
この思いが今、私たちに与えられた課題であり、私自身の心の支えになっています。

                                           福島県飯館村長 菅野典雄

PS
福島弁の 「までい」 は、北海道弁では 「まてぃ」 最近あまり使わなくなったけど・・・いい言葉だなぁ~。
仕事も、生き方も 「まてぃ」 でなければとあらためて思いました。

映画「はやぶさ/HAYABUSA」

テーマ:ブログ
2003年5月、内之浦より打ち上げられて以来、 「はやぶさ 追っかけオジサン」 をやっていた。
はやぶさが地球に送ってくれた 「小惑星イトカワ」 の写真を見た時は感激し、黒曜石で5000分の1の「イトカワ儀」、その後も「はやぶさ関連する作品」を彫らせてもらった。

だから、映画 「はやぶさ/HAYABUSA」 が公開されたら初日に観に行くのが仁義と思っていたが、なんせ我が町には映画館がない・・・しかも予定していた仕事も終わらなかった。

結局3日遅れて  行きました!


映画の序盤、ロケットで打ち上げられた「はやぶさ」が地球大気圏外に到達したところからすでにうるうる。

7年間60億㎞ーその旅が2時間20分に凝縮されていたが、数々のトラブルに見舞われ危機的な状況に陥った「はやぶさ」を地球に帰還させたプロジェクトチームの熱い思いと苦闘がリアルに再現されていた。

上映中の映画のストーリーを書くわけにはいきませんのでこらえますが・・・地球大気圏に突入しカプセルを切り離したあと燃え尽きていく光の帯が発した強烈なメッセージ 「あきらめない勇気」 しかと受けとめました。

「はやぶさ」 最後の光
             「小惑星探査機はやぶさの最後の光」を 黒曜石に記録




「~福島の原発事故がきっかけになって、子供たちの科学技術離れみたいなものが起こっているような気がするんです。  でも、復興のためには科学技術が必要です~」

 ・・・映画を観終えて買った「パンプレッ」に、西田敏之さんが演じた的川泰宣さん(JAXA)のコメントにも心揺り動かされるものがあった。

時間作って、もう一度観に行こうと思っている北の石器人です。





ゼオライトの原石

テーマ:ブログ
夏季の観光シーズン 今年も3組18人の旧友が遊びに来てくれた。
上士幌に移り住んで19年、毎年入れ替わり立ち代り訪れてくれた友人は延300人を越えた。
もちろん一泊目は、「ぬかびら源泉郷」に泊まってもらうことにしているので観光振興にも結構貢献している・・・。

訪れてくれた友へのおみやげは、「黒曜石の原石」だったり、我が家の「ミズナラのドングリ」だったり、次の来町時の「ジンギスカンパーティの優待券」だったりと安上がりのおみやげ探しに結構苦労する・・・

今年は考え抜いた末、当町産出の 「ゼオライト原石」 と決め、工房から北へ8㎞の森の中にある採掘現場に伺い原石を譲っていただいた。


ゼオライトとは、結晶構造中に比較的大きな空隙(くうげき)を持つ鉱石。
わが町の勢多鉱山で採掘されているゼオライトは土壌改良、消臭剤、油吸着材に使われている。

3.11の原発事故前まで、この鉱物がスリーマイルやチェルノブイリ、福島で放射線物質の吸着に使われていたなんて知る由も無かった。
ゼオライトにはモルデナイトとクリニプチロライトの2種類があり、当町産出のゼオライトは放射線物質セシウムの吸着に効果が高いモデルナイトとのこと。

ゼオライト原石(上士幌産)
                             上士幌産 ゼオライト原石


皆首都圏在住者なので、ニュースでは知っていても原石を見るのも手にするのもはじめてでそれなりに受けたが、
一人だけ 「このゼオライトにセシウムを吸着させたあとどう処理するの?」  ・・・鋭いつっこみ質問をしてくれた。

もちろんその質問にズブの素人ボクが答えられる訳が無く、 「人類は未だ確実な処理方法を持ち合わせていない」 としか答えようがなかった・・・






最終組の友人グループが帰った翌々日の新聞に、
上士幌町議会が 「原子力発電依存から自然エネルギー活用への計画的転換を求める意見書」 を採択したとの吉報が伝えられた。

町長の 「原子力によるまちづくりはしない」 発言につづき、議会が 「脱原発依存」 を表明されたことに町民として心から拍手を送りたい

記事テーマ一覧

最近の記事一覧

カレンダー

<<      2011年10月      >>
25 26 27 28 29 30 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 1 2 3 4 5

ランキング

総合ランキング
35位 / 696人中 down
ジャンルランキング
10位 / 53人中 down
観光
地域ランキング
16位 / 97人中 down
上士幌

サイトバナー

かみしほろん

プロフィール

黒曜石の鏡に映る太陽

北の石器人

黒曜石(十勝石)の魅力にとりつかれ、原産地・上士幌町に移り住んで20数年・・・
日々、石にまみれて生きている1万年遅れの石器人です。

ホームページ

性別
男性

このブログの読者

最近のトラックバック