福島から

テーマ:ブログ
黒曜石の世界のネットショップに届いた一通の 「ご注文メール」 

ご注文された方の住所を見て 鳥肌 が立った。
スズキヨシカズさん・・・それは 被災地福島 からだった。

ご注文の品は、 「月のペンダント」 ふたつ、 自分と友人へのプレゼントに使いたいとのこと・・・

メールには 「生活も一変しましたが、またこうして作品を注文出来る事を幸せに思います」 ・・・とのコメントも添えられていた。


なんとしても届けなければ・・・無理を承知でクロネコさんの奮闘に賭けた。

発送から3日後、スズキさんから電話で 「無事についた」 との連絡を頂いた。
なんと、テレビで毎日映し出されるあの被災地に、いつもと同じ様に荷物を届けてくれたことに、またしても鳥肌がたった。

クロネコヤマトさん やってくれました

電話では、スズキさんもボクも興奮してしまい、話したかったことが言葉にならず、その後メールで思いを伝え合った。

実は、スズキさんは 「リベラ」 という絵画教室で子供たちに絵の指導されている画家さん。

今回の大震災で、自宅も教室も被害を受けながら、一週間後に絵画教室を再開させた。

その思いを、ご自身のブログで

「僕に出来るコト、、、それは、絵を描くコト、子供たちと話をするコト、リベラの空間にいるコトで子供たちの気持ちを和ませて上げれるコト」

と語っている。

震災から一週間、回復したインターネットのブログで毎日子供たちの絵を発信し続けていた。


3月18日 絵画教室「リベラ」再開の日  その日教室に来た子は・・・1人
その子が描いた絵

最初の絵




3月19日 二日目は・・・5人

その中のひとりの生徒さんが描いた絵

家と海
スズキさんのコメント
子どもたちの中に残された重すぎる『何か』が、、、いつか癒されますように。
(でも水の青さが、僕の中の『何か』を優しく包んでくれるように思えるのは何故なのだろう、、、)




そして4月12日 ・・・大震災から1ヶ月

日ごとに教室に来る子供たちは増え、真っ白な画用紙に鉛筆で描いたのは
 「あたらしい町」

新しい町
スズキさんのコメント
風力と水力と最新鋭の科学の力で建造された非常用ドームはしっかりと町を見守っています。
あたらしい町は、
本当の意味で『人(人間)』と『自然(地球)』が理解し合える『町』になるのでしょう。
自然(地球)がもう一度、人(人間)に機会を与えてくれますように、、。
人がもう一度、立ち上がれるように見守ってくれますように、、。





通販を通して偶然知り合った 福島の画家 スズキヨシカズさん。

ブログ 「幻燈画室」 ・・・深刻な事態の中で、熱いおもいで子供たちに接している姿、そして子供たちが未来を信じて描いた絵にふれ涙がとまりませんでした。

被災地の子供たちが描いた絵を、もっと多くの人に観てもらいたい衝動にかられ、ご本人の承諾を得て3枚の絵を掲載させて頂きました。

ブログ 「幻燈画室」 には、大震災を体験した子供たちの絵が沢山紹介されています。

原発はいらない

テーマ:ブログ
大震災から1ヶ月、昨夜やっと宮城で被災した叔父と電話で話すことができた。
母の弟で、今でこそ使われなくなってしまったが、ネオンをつくっていた職人。
一度だけ酒を飲みながら「お前のものづくりに対する考えは傲慢だ・・・」と叱られ大喧嘩したことがある。
くちべたで頑固な職人だが、ボクの仕事をもっとも理解してくれている叔父である。

その叔父が、見舞いの電話をしたボクに
「姉さん(母)は元気でいるか?」
「心配してくれてありがとう。オレたちは大丈夫だから、お前は仕事しっかり頑張なさい!」
と云って電話を切った。
・・・東北弁丸出しの ゛逆激励゛ を受けてしまった・・・

そんな叔父の声を聞き、東北人の粘り強さを持ってすれば、地震と津波による被災地の復興は必ず成し遂げられると確信した。


しかし、原発だけは違う 


北海道足寄町の小さな集落で生まれたボクが、電気というものを初めて知ったのは小学校1年生の時だった。
裸電球が灯った光は、ランプと比べてとてつもなく明るかった。

随分と遅れてはじまった電化生活だったけど、それから53年の間、電気はボク自身の暮らしや仕事に欠かせないエネルギーとなった。

だから、電気がいらないとは決して思ってはいない。



刻々と伝えられる福島第一原発事故・・・とてつもなく恐ろしいことが進行しているにも係わらず、政府、東電、原子力安全保安院の会見、原子力の専門家のコメントは頼りなく、聞けば聞くほど不安になってしまう。
それほど事態は深刻なのかと思わざるを得ない。

テレビや新聞の情報だけでなく、多面的な角度からの情報を得ようとインターネットで調べまくった。

そんな中で最も注目したは、阪神淡路大震災の1年後1996年に書かれた
「原発がどんなものか知ってほしい」  というサイトだった。

著者の平井憲夫氏は20年間原子力発電所の現場監督をされた方で、既に1997年1月に癌で逝去されているが、福島第一原子力発電所の事故が「想定外」ではなく、このまま放置すれば取り返しのつかない事故が起こることを警告していた。

実際に現場で働いていた人でなければ知りえないであろう内容が赤裸々に語られている。

少し長い文章ではあるが、話し言葉で読みやすいのでぜひ読んで頂きたい。





実は、大地震の1ヶ月半前に初孫が産まれ、ボクは名実ともに「おじいちゃん」になった。
娘からメールで送られてくる孫の写真を見ながら、おじいちゃんは大人としての責任を果すと決めた


一機の原発を廃炉し、放射能を封じ込めるためには30~50年水で冷やし続けなければならないという。
それが成功したかどうか確認するのは、この子が30歳か50歳になった時かと思うと心が痛む
・・・が
それでもなお、一日でも早く「原発廃止」を宣言し、安全なエネルギー開発を加速させる道を進みたいと思っている。


  「原発がどんなものか知ってほしい」
故平井憲夫氏が残してくれたサイト ぜひ読んで頂きたい

記事テーマ一覧

最近の記事一覧

カレンダー

<<      2011年04月      >>
27 28 29 30 31 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

ランキング

総合ランキング
36位 / 703人中 up
ジャンルランキング
10位 / 54人中 up
観光
地域ランキング
16位 / 97人中 keep
上士幌

サイトバナー

かみしほろん

プロフィール

黒曜石の鏡に映る太陽

北の石器人

黒曜石(十勝石)の魅力にとりつかれ、原産地・上士幌町に移り住んで20数年・・・
日々、石にまみれて生きている1万年遅れの石器人です。

ホームページ

性別
男性

このブログの読者

最近のトラックバック