みどりフェスタ

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4年ぶりの東京行きです。

4月29日(水・祭日)、新宿御苑で開催される「みどり&国立公園フェア」に上士幌町観光協会の「代表」として参加させてもらうことになりました。

あまり聞きなれないイベントですが、国立公園を有する市町村が「日本の国立公園のことを知ってもらおう」と情報提供や関連する特産品を紹介する催しです。

そんな訳で、我が町の大雪山国立公園の宣伝を兼ねて、「黒曜石の工芸品」も展示・販売させてもらことになりました。

折角なので 「石器づくりの実演」 も ちょっとだけやらせてもらうつもりです。

「2009新宿御苑みどりフェスタ」 4月29日(水・祭日)9:00~16:00

詳細はこちら チラシ をご覧下さい。
 
首都圏のみなさん ぜひ遊びにいらして下さい

究極の狩猟具~細石刃~

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上士幌町内には、発掘調査が行われた古代遺跡が49ヶ所あります。
黒曜石の原産地ですから、隈なく調べたらきっと町内全域が遺跡だと思われます。

どの遺跡から出土した「石器」も、それぞれ悠久の時を語っていてとても興味深いのですが、中でも驚嘆したのは、「嶋木遺跡」からわずか離れた場所で2001年に発掘された「居辺17遺跡」です。

この遺跡調査の責任者だった友人に、発掘された「細石刃」(さいせきじん)の現物を見せてもらったのですが、それを見たときは腰が抜けました。

「細石刃」は、道内はもちろん日本各地の旧石器時代の遺跡から出土していますが、この遺跡から出土した165個の「細石刃」はこれまで見たものとは比較にならないほど精巧に作られていました。

石器が作られた年代は明確ではありませんが、嶋木遺跡で暮していたマンモスハンターの末裔が作ったものと思われます。


見せてもらった現物の記憶と、調査報告書の写真を頼りに、その「細石刃」の再現に挑戦していました。
悪戦苦闘の末なんとかそれらしい形に近づきましたが、旧石器人の足元にもおよびません。

細石刃
                           細石刃 北の石器人作

「なぁ~んだ、ただの十勝石のカケラじゃない?」・・・なんて云わないで下さい。

幅5mm、長さ25mm程のこの石のカケラ・・・新聞紙なら20枚以上を一瞬でカットするほど鋭利なのです。
そして、このサイズのカケラを原石から何枚も打ち剥がす技術は、ハッキリ云って並大抵ではないのです

それまでは、大型の石槍が主流だったのに対し、この「細石刃」は角や硬い木にミゾを掘り、そこにカケラを数枚埋め込むという全く新しい発想で作られた狩猟具です。

弾力性のある角や木と鋭利な石の刃を組み合わせることで「石器は折れやすい」という弱点を克服。
刃が欠けた場合は、予備の刃と交換・・・いわゆる カートリッジ式 カミソリ の発想。

細石刃の槍は、極寒のシベリア草原で巨大なマンモスに挑むために考え出された「究極の狩猟具」だったのです。

植刃槍
                                             植刃槍   北の石器人作
しかも、大きな石器を作るために大きな原石を必要としたのに対し、マイクロ化した「細石刃」は小さな原石から何枚も作ることができる省エネタイプ・・・気候変動で大移動したマンモスを追うために不可欠だった「道具」の軽量化をも実現したのです。

この究極の狩猟具「細石刃」は、21,000年前にシベリアで作られ、その1,000年後に北海道に伝わり、やがて日本列島全土に広がっていきました。
                               
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600万年前、二足直立歩行を開始した私たちの祖先は「自由な手」を獲得しました。
石を素材に道具をつくりはじめた人類は、気の遠くなるような長い時間をかけ少しずつ改良を重ねながら高度な技術を習得していきました。


現代の社会では「ナイフ」は凶器や武器の代名詞のように思われていますが、小学生の頃のボクにとって「筆入れ」の中のナイフは必需品でした。
鉛筆を削るための小さなものでしたが、刃物という「道具」を安全に使えるようになるための大事な一歩だった気がします。

もし、タイムマシーンで 「居辺17遺跡の子供たち」 に鉛筆を届けたら 「いとも簡単に石器のナイフで鉛筆削りをするだろう・・・などと妄想しながら、今宵も一杯やっている北の石器人です。

          こんなふうに・・・

          石器で鉛筆削り

マンモスを追いかけて

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「上士幌には絶対マンモスがいたと云っても、きっと信じてもらえないと思いますが、ボクとしてはかなり高い確率で「マンモスはこの大地に生息した。」とみています。

氷河期にシベリアからナキウサギが移住したのは疑わないけど、ことマンモスとなると「?」となってしまいます。

あまり知られていませんが、北海道内ではマンモスの歯の化石はすでに11個発見されています。

2万年以上も前のことだし、誰も見たわけではないし、上士幌の酸性の土壌で骨は溶けてしまったでしょう・・・でも、マンモスハンターが使った黒曜石の石器はちゃんと残っていたのです。

  「もしかしたら、いたような気がする」と思ったらこの先も読んで下さい。

嶋木遺跡

わが町の「嶋木遺跡」は約2万年前の遺跡で、道内はもちろん日本でも最古級に属する旧石器時代の遺跡です。
そこから出土した「石器(石核)」が、シベリア・バイカル湖の近くでマンモスハンターが使っていた石器と同じ技術で作られていたことが最新の研究で明らかになってきました。


氷河期の中でも最も寒冷化した2万年前、いったい何が起こったのか?


この時代の海水面は今より120mも低下していたと考えられています。
対馬海峡の水深は130m、それに対して宗谷海峡は約55mで唯一大陸と陸橋で結ばれたのはサハリンと北海道でした。

大寒冷化に襲われたシベリア全域で草原は縮小し極東から北海道・東北まで南下、草食のマンモスは来道せざるを得なかったのです。
ちなみに、津軽海峡も130mの水深のためマンモスの本州への移動をさえぎったと考えられています。

新天地を求めたのは人間もまたおなじで、貴重な食料源・マンモスを追いかけ、北海道に来てしまったのです。

ご覧になったかも知れませんが、2001年に放映されたNHKスペシャル
「日本人はるかな旅」~マンモスハンター、シベリアからの旅たち~

この番組は、縄文人のDNAや氷河期の自然環境の変化などの最新のデーターを駆使し、最初に日本列島に移り住んだのは、遠くシベリアからマンモスを追いかけて北海道に移動したマンモスハンターだったことを解き明かしました。

日本列島に暮らした縄文人の歯のDNAが、シベリアの先住民ブリヤート人と一致。

そして、ワンシーンでしたが、先住民ブリアート人の居住区「マリタ遺跡」で発見された2万3千年前の「石核」と嶋木遺跡で発見された2万年前の「石核」が大きく映しだされ、
二つの石器が「同じ技術で作られたものだ」と解説されていました・・・
その映像と話を聴いたときは目からウロコでした。

楔型石核
        NHKスペシャル「日本人はるかな旅」放映画像より

今は遺跡の所在を示す看板があるだけですが、雪解けの「嶋木遺跡」に立ってみると、最初に日本列島に移住した人たちがこの土地を選んだ訳が理解できるような気がします。


シベリアから移り住んだマンモスハンターが北の大地で子孫を増やし、やがて津軽海峡を越えて日本列島全土に拡散していった古代のロマンに・・・今宵も酔いしれている北の石器人です。

住所が読めない

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16年住んでいるのに、未だに住所が読めない・・・これって、結構深刻な悩みなんです。

1区から16区に分けられた行政区と呼ばれている住所は、山本新聞屋さんから貰った町内の地図と照合し大体どの辺かは分かるのですが・・・その区の中の一軒の家を探す場合、特定する番地がないので地図上の家をシラミ潰しにチャックして探し当てるしかありません。

もう一つ、これが正式の住所のようですが  「上士幌町東3線243-3」
自分の家の住所なのでわかるのですが、「東3線○○○-△」の住所を訪ねようとしてもほとんど見つけられないのです。

以前に、居辺の農家のお宅に用事があって、東9線○○○-□のメモを持って、駐在所のお巡りさんに、「ここに行きたいのですが、どう行けばいいのか?」と訪ねたことがあります。
お巡りさんも新住民らしく、地図をひろげて一生懸命探してくれたのですが・・・「だいたいこの辺でないかい!?」 でした。
とりあえず行ってみたら、この辺だと地図で示された場所は膨大な広さで、結局点在している農家の表札を一軒一軒チェックしてやっと探し当てました。

たま~に町外のお客さんから 「○○さんのお宅に行きたいのですが?・・・」 と尋ねられても、ちゃんと教えてあげられません。

16年も暮していて、いまさら住所の見方が分からないって、恥ずかしいので書きにくかったのですが、先日、行政区の総会があって、懇親会の酔った勢いで 「住所の読み方が分からない」 と話したら、何故かバカ受けし盛り上がってしまいました。

そして、意外な事実を知りました!

生まれた時から住んでいる先輩住民も、

 「上士幌が音更町の一部だったころに作られた住所なので、知らない家を探すのは至難の業・・・経験と勘に頼るしかない

などと云っておりました。

諸先輩が、住所の読み方について一生懸命解説してくれたのですが、酔っぱらっていたせいか今一理解できず・・・。

結局、誰の家がどこにあるかは「長年の経験と勘」と云う話に、妙に納得しつつも 「長年の経験しかない」 の一言にジェラシーを感じた北の石器人でした。

そんな訳で、新年度の目標のひとつは 「住所をちゃんと読めるようになる」 こと。

「経験と勘」 以外の秘訣があったら教えて下さい♪

ここだけの話しです

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先日、シアトルに住んでいる友人からメールをもらいました。
確定的なことではないので、ネットで公表してよいのか迷いましたが・・・ここ (かみしほろん) だけの話し ということで・・・くれぐれも内密に願います。

   実は、WBCで不調だったイチローが、チームメイトに支えられ最後の最後に美味しい
   とこだけいただいたことに感激して、シーズン終了後日本球界に戻ると関係者に話し
   たとのことです。
   しかも、移転先は 「北海道日本ハム・ファイターズ」 を希望しているとのこと。
   なぜ「北海道?」とたずねたところ・・・「ジンギスカンが好きだから」・・・
   ・・さすがイチロー
                           。
                           。
                           。

子供の頃、「級友たちをだますウソ」を前夜から思案し、4月1日は化かしあって喜んだものです。
当時、どんなウソをついたのか・・・想い出そうとしたのだけれど全く記憶が蘇ってこないけど・・・。
きっと、他愛も無い「ウソ」で軽く笑える程度のものだったのでしょう。



ちなみに
世界がだまされたエープリルフールのネタ ベスト3の 第3位が大好きです

   1962年、まだカラーテレビが普及していなかった頃、どこの家にもあるのは
   白黒テレビでした。
   スウェーデン放送局の技術担当が番組に登場し、新しいテクノロジーのおか
   げで「視聴者のテレビの設定をカラーに変えることができる」と放送
   しました。
   その方法とは、「テレビにパンティ・ストッキングをかぶせるだけ」のシンプル
   なものです。
   それを聞いたスウェーデン人は我も我もと自分のうちにある白黒テレビに女性
   ストッキングを貼ったそうです。
                          (世界からニュースをQ)


未だに欧米などでは放送局や新聞が大嘘の報道を流すなど、日本では考えられないようなおふざけが行われているようです。

1年に1度、大人も子供もマスコミも公然とウソをついてバカ騒ぎできる社会ってとってもいいなぁ~。


今夜、テレビのニュースでアナウンサーがニコニコしながら・・・

衆議院本会議で 「政治家にかぎり、4月1日だけは絶対にウソをついてはいけない日」 とする法案を全会一致で可決しました。
             などと 粋なニュース 流してくれないかなぁ~

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かみしほろん

プロフィール

黒曜石の鏡に映る太陽

北の石器人

黒曜石(十勝石)の魅力にとりつかれ、原産地・上士幌町に移り住んで20数年・・・
日々、石にまみれて生きている1万年遅れの石器人です。

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男性

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